第295話 泣き言
【パレス 地下】
【裏の特訓場】
バチッ!!
「うわっ!!」
光が弾ける音と共に、シキは地面に転がり倒れてしまった。
シキカイトに変わろうとしていた獣の腕は、すぐに人の腕に戻ってしまう。全身にビリビリと嫌な電気が走る。
アイリは、慌ててシキに駆け寄った。
「シキ、大丈夫?」
「やっぱり無茶なんじゃないかい? ちょっと難しいよ、坊や」
「理論上は出来る」
泣き言を言うシキに、ショウリュウはあっさりと返す。
その言葉に、隣に立つリンゴも満面の笑みをたたえた。実験の結果に満足そうだ。
「たぎらせる血の力を途中で止めて、身体の一部だけを獣の姿へ変える。なかなか面白い事を考えるじゃな〜い」
「面白いのは数秒だけでしたけどね」
ベルが本をペラペラとめくりながら、無感動に告げる。あまりの言い草に、シキは口を尖らせた。
シキの持つ恐ろしき力、シキカイトへと変身する能力。その能力の問題は二つあった。
一つは、血の消耗が激しい事。そしてもう一つは、獣に変化するが故に意識を保つのが難しい事だ。
「だが、身体の一部のみ変身出来る術を身につければ、力の消耗を調整出来る」
「美しくないよねぇ……」
「うるせぇ」
ショウリュウもリンゴも、いとも簡単に出来るかのように告げるが、これがなかなか難しい。
血の力は自分の中の精神、心で操るもの。通常は感情を熱く燃やすのだが、これを途中で止めなければならない。
更に、その状態を保ち続けなければならないのだ。
確かに、毎回体の全てをシキカイトに変身しなくてもいいのだが。
「さっきのではっきりと分かった、可能だ」
「坊やって、乱暴って言われない?」
「知るか。もう一回やってみろよ、光が少ない状態だと失敗するみてーだな」
「そんなにポンポン言わなくてもさぁ……」
ブツブツ文句を言いながらも、変身する構えに入る。
二人の会話を聞きながら、アイリとレオナルドは目を見合わせてこっそり顔を綻ばさせた。
笑顔でシキに駆け寄る。
「頑張ってね、シキ!」
「姫まで!?」
「腕だけシキカイトか〜。頭だけも出来るのか? 見てぇなぁ〜」
「レオ君、君さぁ、面白がってるよねぇ?」
盛り上がる一同の後ろで、ナエカは一人考え込んでいた。
「血の調整、か」
「お前さん達、やってるね」
扉が開き、マルガレータが入って来た。
「オーナー」
「どうしたんすか、ここに来るなんて珍しいっすね」
「ちょっとね、依頼が入ったのさ」
依頼、という言葉に皆の顔色が変わる。
「依頼ですか?」
「依頼だよ依頼!」
「見えざる者だね」
彼等も、流石にもう慣れてしまったらしい。元気な五人に、マルガレータは思わず苦笑する。
「いい顔だね」
「どこに出たんですか?」
「それがさね、分からないんだよ」
ガクッと拍子抜けしてしまう。
ショウリュウが顔をしかめ、マルガレータに詰め寄る。
「それは、見えざる者がどんな奴か分からないって意味か。それとも、そもそも見えざる者の仕業か分からないって意味か?」
「……どれでもないさね」
「え?」
どこか困った様子のマルガレータに、五人も困惑する。気合い十分だったのに、出鼻をくじかれた。
マルガレータは躊躇していたが、ようやく口を開く。
「岬の家、という施設からの依頼さね。保護している動物が、見えざる者みたいになったと」
「はぁ?」
「とにかく来てくれ、ってことらしいさね」
突拍子もない話に、揃って目を見開く。
「動物が、見えざる者になるの?」
動物は動物だ。見えざる者とは違う、人の目にも当然映る。何が起きたというのか。
──まさか、エイドリアンじゃあるまいし。
「見えざる者が動物に化けてんのか?」
「……そんな事あるわけない」
「どういう状況なんだ、それは」
「大体、見えざる者みたいってどういう事なんだろうね」
見えざる者みたいな動物。施設に出向き、その真実を確かめろ、ということらしい。
「オレら全員で行くんすか?」
「いや、今回はシキ、あんたに任せるさね」
「え、僕だけかい?」
困惑するシキだが、アイリはなるほど、と目を輝かす。
「シキなら、動物の気持ちが分かるかもしれないもんね!」
「姫、この僕はシキカイトになれるだけで、動物になったつもりは」
「……キツネだもんね」
ナエカにも納得され、シキは不服そうに顔を逸らす。
「いやだなぁ、オオカミって言ってなかったかい?」
「で、シキだけで行くんすか?」
「いや、それは──」
「私とよ」
いつの間にいたのだろうか。
エリーナはいつも通りの優雅な笑みで、シキを見据えた。
「貴方と私で施設に行くの。分かったわね、シキ」