第293話 お休み
【パレス 大広間】
「すみませんでしたーーー!!」
ソファーに並んで座る二人の前で、他の団員達は揃って土下座した。
「姫、大丈夫かい?」
「ん……」
シキが優しく声をかけてくれるのだが、アイリは目を開けていられなかった。
眠い、とにかく眠い。眠気が津波のように押し寄せる。
頑固な瞼が重たく、上がってくれない。体はぬるま湯にでも浸かっているかのように、ぼんやりとほてっている。
「大丈夫かよ、アイリ」
「ああー、眠いやんなぁ」
「ずっと起きてましたからね、アイリさんは」
「……寝ちゃいそう」
夜に起きて、皆に毛布をかけ、そこから見えざる者と戦い散々血の力を使った。
パレスに戻った後はオーナーを叩き起こし、無理やり報告。更に、街の人の救助やヌヌレイの診察まで。
気付けば、空の色に爽やかな青が混ざりつつある時間になっていた。もうすぐ日が昇るだろう。
アイリはその間、ほとんど一睡もしていなかった。そして、ルノも。
「アイリ、ルノ、あなた達は今日は休んでいいからね。何ならここで寝てていいから」
「はい……」
「あーあ、二人も減ったか」
頷きながら、アイリはしきりに目を擦る。
まだまだお話ししたかったのに。聞いてみたいこともあったのに。
この猛烈な眠気には勝てやしない。
「ったく、まだ頭がいてーな」
ショウリュウは軽く頭を振ってみるが、まだチリチリと頭の奥に痛みが残っている。それは、他の皆も同じだ。
「胞子の影響が残っとるんやな」
「グルベールという人は、何が目的だったんでしょうか」
あのリグベリという見えざる者を使って、街中を眠らせた。だが、人だけではない。
「ルノの話やと、他の見えざる者まで眠らせてしまうくらい強いらしいわ」
「眠らせてどーするんだよ」
リグベリ本人は動けないのだから、無意味に思える。が、しかし。
「ヌヌレイさんが言ってました。あの胞子、浴び続けたら意識を木に取り込まれるそうですよ」
「えーーー!!!」
これには、皆が驚愕する。アイリも一瞬だが、眠気が吹っ飛んでしまった。
「それが狙いだった、ってことかしら」
皆の意識を取り込み、団どころか街を簡単に破滅してしまう。それが目的か。
しかし、ルノは一人考え込む。
──本当にそうだろうか。あのグルベールという男、そんな事一言も言っていなかったが。
それに、リグベリが動けなくても自分が動けばいいものを。
硬い表情のルノに気付き、ヨースラは首を傾げる。
「まさか、起きとる奴がおるなんて思わへんかったやろうな」
「え〜ん。折角いい夢見てたのにぃ、見えざる者のせいだなんてざーんねん」
「本当に、皆すっかり寝ちゃってたわよね。アイリとルノが起きてくれなかったら、大変なことになっていたわ」
褒められても、アイリはどこかもどかしい気持ちだった。起きたのは運がよかったのか、胞子の術が効かなかっただけだ。
それより、術がしっかり効いていたのに動き回った、ルノの方が大変だっただろう。
ぼんやりした瞳でチラリと隣のルノを見るが、彼はただ平然としていた。腕のあざは、まだ消えていなかったけれど。
「──会いたい人に会える夢、か。何で俺、オーガさんやねん」
「ウフフ、あなたはオーガのこと慕ってたじゃない。私はサーカスに戻っていたわ」
「この僕は、夢でも姫に会っていたよ」
「マジかよ!!」
毎日会ってるのに。シキの報告に思わず吹き出しそうになったレオナルドに、ナエカがひょこっと近付く。
「夢にまで出てきちゃったらさ─」
「じゃあ、レオは? レオは誰と会ったの?」
「オ、オレ?──オレは、その、昔のほら、ジャグボールの仲間だったよ」
「ふーん」
ナエカは何となく気まずくなり、レオナルドから目を逸らす。まさか、自分もシキと同じ様に団員と会ったとは言えない。
「ほら、早く行きましょう。街の皆もまだ混乱しているわ」
「うぇーい」
「体ダルいんだけど」
「あら、ヌヌレイ主任にみてもらう?」
「勘弁」
「今日は大変〜。ウフッ」
「大丈夫だよ、きっと見えざる者は寝てるんじゃないかな」
「じゃあ、暇〜! ウフッ」
まだダメージが抜けない体を無理やり動かし、団員達は次々と立ち上がる。
街はまだ、リグベリによって破壊されたままだ。
「じゃあ二人共、行ってくるからね」
他の団員達が広間を出ていくと、静寂に包まれた。
カーテンの隙間から光が射し込み、もうすぐおはよう、と挨拶しあう時間だと告げる。
だがアイリの瞼は、いつの間にか完全に閉じてしまった。
夢に浸った体は力を失くし、こてん、と隣のルノに寄りかかる。華奢な肩の重み。
そういえば、人は眠る直前の記憶を忘れてしまうらしい。
「──おやすみ」
そんな事を思い出し、ルノは僅かに笑みを浮かべたのだった。
age 20 is over.
次回予告!
「動物が、見えざる者になるの?」
「貴方に会いに来たのよ」
「あの獣は、我らが眷属」
「これ以上好きにはさせませんわ、約束しましたのよ」
「それが、剣の団の使命だったのではないですかな?」
次回、age 21!
小さな勇者!
「化け物は、この僕だけで充分だよ」
お楽しみに!