第28話 人間
【パレス 大広間】
「私の名前はグルベール……。以後お見知りおきを、ご両人」
謎の男が去った後。結局、アイリもルノもパレスに戻ることとなった。
先程遭遇した男について、オーナーに報告する為である。ルノの判断だ。
パレスにいたのはマルガレータ、ドナ、エリーナ、ナエカだけだった。帰った筈の二人が戻ってきた事に、驚きを隠せない。
「正しい判断だったようさね、ルノ」
出迎えたオーナーにそう言われ、ルノは渋い顔で返す。
そばにいたエリーナは、その言葉にフフ、と笑みを浮かべた。
「あなたったら本当に、すぐ怪我するから。これで何回目なの?……ほら、なかなか酷いじゃない、背中」
エリーナがルノの服の裾をずり上げると、背中にいくつかあざができていた。木材に思い切りぶつかった為だろう。おまけに足もひねったようで、こちらも少し腫れている。
ナエカが何事か、と興味津々にそばに寄って来た。だが、傷だらけのルノの背中に、ヒッと擬音を声に出して離れてしまう。
その反応に、ルノが更に眉間にしわを寄せたのは言うまでもない。
アイリはルノの隣に腰掛け、ドナが入れてくれた温かい紅茶を口にする。ほんのりと暖かい季節だが、この時間では流石に寒さがこたえた。
「見えざる者を引き連れていた怪物のような男、ね」
「あの人は、やっぱり見えざる者なんでしょうか?」
アイリの問いかけに、エリーナは考え込む。
「──何とも言えないわ」
「え?」
「でもね」
エリーナもルノも、そしてオーナーも当然、様々な見えざる者の情報を見聞きしてきた。
そして、実際に数えきれない数の見えざる者に遭遇している。何度遭遇したか、それでも。
「実際に人間に化けた見えざる者は、見たことがないわ」
「……そうなんだ」
「そもそも、人間の言葉をきちんとしゃべる見えざる者だって、見たことないのよ。しゃべるというだけなら、結構いるのだけれど」
ナエカが意外だ、と声を漏らす。
そういう奴くらいいそうだ、と思ってたのに。怪物は、やはり怪物なのか。
エリーナはナエカの反応に頷くと、ルノの方に向き直った。
「ルノ、あなたはどう思うの?」
エリーナの問いかけに、ルノは少し考え込むと口を開く。
「──人間」
「人だっていうの?」
「直感」
アイリはルノの言葉に驚きのあまり、ソファーから立ち上がった。
「え!? じゃあ、じゃあ人なのに爪がバリバリバリって伸びて」
「……それ、お前さんが言うのかい? 死者の魂を操るお前さんが」
マルガレータに突っ込まれ、アイリはううっと唸った。
見えざる者もエイドリアンも、根っこの力は変わらない。
エイドリアンも化け物、オロロの力を受け継いでいるのだ。オロロの力を奪い取った、太陽の始祖の血を引く。
自分達だってそう。人、なのに。
二人のやりとりに、エリーナは再び考え込む。
「アイリ──そうか、エイドリアンって可能性も十分にあるわね」
「エイドリアン……」
仮に例の男がエイドリアンだとしたら、人の身で見えざる者と組んだ者だということ。
見えざる者だとしたら、人間に化けれる見えざる者が現れた事になる。
「どちらにせよ、厄介な話さね」
マルガレータのため息に、皆の表情が一斉に深刻な色になる。
張り詰めた雰囲気に、マルガレータはコホン、と咳払いした。
「ルノ、お前さんは今日パレス泊まっていったらどうだい? 怪我したんだし、どうせ先生の診察があるだろうさね」
「……はぁ」
マルガレータの提案に、ルノはため息をついてソファーから立ち上がる。乗った、ということらしい。
どうせ診察があるから泊まる……。
泊まるほどのこと??
「ただ悪いんだが、医務室くらいしか空いてないけどねぇ」
「いい、上のあそこで寝る」
ルノはぶっきらぼうにそう告げると、上着を引っ掴んで階段に向かう。
「まぁルノったら、またオーガの部屋を私物扱いして!」
その後に、エリーナも続いて扉に向かう。言葉ではそう言いながら、どこかからかうような口調だ。
その姿を見送りながら、ボーッとしていたアイリだったが、ハッと顔を上げてソファーから立ち上がる。
「そうだ! 私も家に帰らないと、お兄ちゃんが心配します」
「お、お兄ちゃん?」
突然出てきた兄、という言葉に、ナエカは驚きを隠せない。
そういえば、家に向かう途中だったではないか。いつ間にか、こんな時間になってしまった。
「アイリちゃん、お兄さんいるの?」
「うん、早く帰らないと」
──アイリの兄というのは、つまり。
落ち着かず動揺するナエカと同じく、マルガレータもどこか戸惑う様子を見せる。
何か言葉を言いたげにしていて、アイリは首を傾げた。
「オーナー?」
「あー、アイリ、それなんだけどねぇ」
「え?」
マルガレータの様子に、ナエカも階段に向かっていたルノとエリーナも、こちらを振り返る。
マルガレータは少し待つように告げると、別の扉に駆けていく。既に少し開いていた扉の向こう、そこに誰かがいた。
オーナーが、何か促しているようだ。そして、扉が開かれる。
「こんにちは」
マルガレータに促され、広間に入って来た人物に、アイリは目を大きく見開いた。
「お兄ちゃん!!」




