第27話 光栄
──コツコツ。
路地裏に足音が響く。
誰かが来る気配、アイリもルノもサッと顔色を変えた。
アイリが来た方向の暗がりから、何者かが姿を現す。
「おやおや……」
黒い生地に白の蔦模様のマントで、190はあるであろう全身を纏う。
彫りの深い顔はまるで骸骨のようにくぼみ、直接皮膚を張ったように痩せ細っている。怪しい目は、不気味なほどに釣り上がっていた。
にたりと絡みつくような笑み。
彼が歩く度に、背筋に冷たい氷が滑っていくような感覚を覚え、アイリは身震いした。
──この人、一体。
同じ人間とは思えない。いや、人間だ。それとも違う?
「こんなところで会うとは、光栄だなぁ……」
ゆっくりとこちらに近づいて来る。マントから覗くのは、オールバックにした銀色の長い髪。
「剣のエース」
貼り付けだけのような、乾いた笑み。今度はアイリに視線を向けた。
「で、そちらのお嬢さんは……どなたかな。その服の模様、見覚えがあるのだが」
名指しされ、アイリがビクッと震える。クレエールだと見破られたか。
警戒してか、ルノがサッとアイリを庇うように前に立つ。
「……誰だ」
「いやぁ、ただの通りすがりですよ。私は剣の団のファンなのです」
「ファン?」
怪訝そうな表情を浮かべるルノに、男は口角をググッと上げた。心底愉快だ、という表情。
「えぇ。ずっと見ていましたから、あなた方を」
そしてマントから腕をスッと差し出したのだが。
その腕。
「……!!」
枯れ木のような腕の先の指は細長く、爪がこれ以上ない程鋭く尖っていた。
その爪が、パリパリと奇妙な音を立てて少しずつ伸びていく。男はそっと爪を撫で、ペットでも慈しむかのように朗らかに微笑む。
ギョッとする二人を見て、男は少し眉をひそめた。
「ああ、驚かせてしまいましたねぇ。フフ」
次の瞬間、アイリとルノの周囲を動く影が取り巻いていく。
「!!」
「ゴホッゴホッ」
冷たい霧のような影、喉に張り付いて離れない。
どこまでも絡みついてくる。生きているのか、少なくとも意思を持っているようだ。
「ギャハハハ!!」
騒がしい何者かの声に、二人がパッと頭上に目を向ける。
路地を挟む建物の、遥か上。
彼等三人の頭上を、見えざる者が何体も覆い尽くしていた。待ち構えていたように。
「ギャギャ!!」
「ゲヘッゲヘッ」
姿形も様々だ。のっぺらぼうで目が無いナマズのような者、凶暴な歯を覗かせる鬼。
一つ目の尻尾が三つに分かれた竜。オレンジ色のぶくぶく太った毛虫ような者。
アイリもルノも、あまりの数に息を呑む。
「あははは!!」
男の甲高い笑い声を合図にしてか、見えざる者達が一斉に飛び立つ。
「ニャバアアアアア!!!」
「ボワァアアアアア!!!」
「……!!」
一斉に、二人に向かって飛びかかって来る。
──いけない。
ルノは素早く左手を差し出し、ダイヤを創り出す。助走をつけて軽くジャンプすると、左手を高く掲げた。
ダイヤが光り輝く。先程より、ダイヤが少々大きい。
──ドシュ、ドシュ!!
幾重にも重なった、黒く美しい線が放たれた。頭上から地上に向かって、空間を切っていくような黒い光。
天から雷でも落ちたような一瞬、反応する隙間も無い。
美しい攻撃は、全て見えざる者達の体を貫いていた。
「ダギィイイイイイイ!!!」
「ニャガアアアアアア!!!」
ぽっかり空いた穴、また穴。今度は見えざる者達の絶叫が重なっていく。
そうだ、パレスで見たあの吸収の力だけではない。先程、ならず者達を襲った三つ首にも放った、美しい攻撃。
ルノの能力は、能力を吸収し打ち消すだけではなかったのだ。吸収した力を貯め、更に放つ能力。
見えざる者達の体は残骸となり、ボロボロと崩れて消滅していく。
あれだけの数で囲んでいた見えざる者達は、あっという間にいなくなった。
「すごい……」
アイリはその光景に感嘆した。
男は動揺を全く見せず、むしろどこか面白がっているように、その場にそっとしゃがみこむ。
長い爪の伸びた指を器用に操りながら、何かをそっとつまんだ。
見えざる者の残骸だ。男が指で少しいじくると、あっという間にポロポロと砂のようにこぼれていってしまう。
「流石……ですね、黒曜の能力。しかし、本来はそのような能力ではなかった筈だ」
さてさて、何故変化したのか。
そう愉快そうに告げると、興味津々といった顔でルノを観察する。
「──何故」
「ん?」
「何故、見えざる者を引き連れている? 誰だ」
ルノが、左手を向けたまま問いかける。
その時、アイリは近くに幽霊達が集まっているのを察知した。こちらの様子を伺っている。
先程まで呪文を唱えていたからか、それとも今の騒ぎに驚いて、か。
「だから言ったでしょう? 私は、あなた方のファンなのだ。あなた方をずっと見ていたんですよ、ずっと」
ルノがもう一度問い詰めようとしたその時、アイリとルノ、二人の足がガクッと沈む。
沈むはずのない、地面に。
「!!」
「え!?」
よく見ると、土の地面が沼のようにドロドロになっていた。柔らかくなった地面に、足がどんどん沈んでいく。
底無し沼か。
「しまった」
更に、他にも見えざる者達が続々と姿を見せた。どこか余裕を漂わせる。
「あ……」
アイリはその時、遠くから囲んでいた見えざる者の群れの中から何かを見つけた。
集まってきた見えざる者達の中でも、一際小さい。丸っこい体にいくつか手足が伸び、溶けたような黒紫の皮膚をしていた。
遠目ではよく分からないくらい小さな目が、ころころ動いている。何故か楽しそうに拍手を繰り返す。
──あの子かな。
それは直感だった。アイリは勇気を出すと、必死に呪文を唱え出す。
「冥地蘇生!!」
近くに幽霊が集まっていたおかげだ、呪文が完成するのは早かった。
周囲の幽霊が形を持ち、見えざる者、あの小さな見えざる者に向かって一斉に向かっていく。
「ギャイイイイイイ!!!」
「オダギャアアアアア!!」
男の近くにいた見えざる者は、巻き込まれる形で全て吹き飛ばされた。そして、あっという間にもろく消滅していく。
同じタイミングで沼は消え失せ、足が浮き出し二人は地上に躍り出た。
ルノが一歩早く、彼等に向かう。
──ドシュッ、ドシュッ!!
今が好機だ、とルノのダイヤの光線が一気に降り注ぐ。見えざる者達は、再び阿鼻叫喚の嵐となった。
男は驚いた様子で、アイリをジッと見つめる。
「あなたは……」
そして何か思いついたのか、高笑いをした。
「あははは……あはははははは!!!」
充分に笑い終えると、再び二人に向き直る。
「お騒がせしましたな、私の名前はグルベール……。以後お見知りおきを、ご両人」
age 2 is over.
次回予告!
「あの人は、やっぱり見えざる者なんでしょうか?」
「アイリちゃんって、どんな生活してたらこういう子になるんだろ……」
「おまいりするの、お石のところ!」
「入れない理由がある」
「やめてええええ!!!!」
次回、age 3!
お隠れの里!
「この里を失うわけにはいかない、ここは俺たちの居場所だ」
お楽しみに!




