第26話 退治
「おら、やり返してみろよ!おら!」
「調子乗ってんじゃねーぞ!」
ルノがやり返さないことをいいことに、男達はエスカレートしていた。暴行を加え、代わる代わる罵倒していく。
「こうしてやる!」
ルノの背後に一人が回り込み、そのまま羽交い締めにする。仕舞いにはその状態で、動けないルノに対し大きな蹴りを入れた。
ガスッ!!
「うっ……」
「おらぁ!もういっちょ!」
流石に崩れ落ちるルノを無理矢理立ち上がらせようと、一人の男が胸ぐらを掴む。
「おらぁ!立ちやがれ!」
ニヤニヤとこちらを眺める彼等に、ルノはスッと左手を前に差しだす。
「……」
はっきりとこちらを見据えていた、その目。目が据わっている。氷のような瞳の奥に、はっきりした意思が宿る。
「お、おい」
胸ぐらを掴んでいた男の手が止まる。流石に、ルノの目の変化に気付いたのだろう。
物陰に隠れて呪文を唱えていたアイリも、その仕草に気付いて思わず唱えていた口を止めた。
──あの仕草は、さっきパレスで見たのと同じ!
「な、なんだよ、やんのかよ?」
「団員様が、国民に手ぇ出していいのかぁ?」
「国に仕えてるんだろーが! 民に手を出しちまったら……」
狼狽える男達を他所に、ルノの手のひらにダイヤが造られていく。みるみる膨らむ、黒く輝くダイヤ。
ルノの表情に、一切の迷いはなく。
「こいつ!」
「マ、マジかよ!!」
男達は次々に顔を真っ青にし、額に汗を浮かべる。まさか、本気で攻撃するつもりか。
「や、やめろ」
ならず者達も、アイリも息を呑む。
──ルノさん!
彼等の制止もルノには届かず、ダイヤが黒い光を放つ。
ヒュン!!
光は一つの線になり、美しい攻撃となって放たれる。まばたきをする間も無い。
だが攻撃は、男の肩に当たるかギリギリのところを通り抜けていく。
「お?」
男達も一瞬虚をつかれたように、ポカンとなる。
──次の瞬間。
「ギョバアアアアアア!!!!」
男達のすぐ背後で、絶叫が響き渡った。
「え?」
ルノ以外のその場にいる全員が、後ろを振り返った。
ならず者達のすぐ背後。
三つ首の枯れた木のような身体をした、かろうじて人間の女性らしき怪物がいた。首だけが、ぶくぶくと醜く膨らんでいる。
腕を伸ばし、苦悶の表情を浮かべ悶えていた。
「アアア……」
遠目からその光景を見ていたアイリは、おぞましい姿に息を呑む。物に隠れたせいで、あの存在に気付いていなかったなんて。
しかし、その醜い身体が徐々に崩れていく。抉られたように片方の眼球を失い、目に穴がぽっかり開いたまま。
「アァ……アァ……アァ……」
怪物は再び絶叫を上げ、ボロボロと崩れて完全に消滅していった。
「お、おい」
「ちょっと……」
男達は動揺する。誰も口を開かず、沈黙が彼等を貫いた。
──今、何が起こったのだ。
見えざる者が、まさかこんな真後ろに。
動揺する男達に対し、ルノは再びスッと左手を出した。
「……!!」
これは、先程と同じ仕草。
まさか、まだいるのか。見えざる者が、こんなさびれた路地裏に。
「に、逃げろ!!」
「見えざる者だ!!」
「ひぃいいい!!」
男達は恐怖のあまり、悲鳴を上げながら我先にと逃げ去って行く。
ルノを残したまま。
「……」
ルノは彼等をジッと見送り、開いていた左手をこっそりと握った。小さなダイヤがキラキラと輝き、消滅していく。
立ち上がろうとしたのだが、足に痛みが走りバランスを崩す。
だが、フラついた体は誰かに抱き止められた。
「……!」
ルノが驚いて振り返ると、そこにはアイリがいた。
心配そうにこちらを見つめている。
「ルノさん、大丈夫ですか!?」
ルノは戸惑いながらも、アイリの手を借りながら離れた壁にもたれた。ふう、と小さく息を吐く。
「……いつから?」
「……」
尋ねられたアイリの脳裏には、先程のならず者達の怒鳴る声が浮かぶ。
──その瞳から、大きな涙が一粒。
「い」
その反応に、ルノはギョッと顔を引きつらせた。
「あの人達、どうしてあんなに恐いんですかーー!?」
ほとんど涙声で叫ぶアイリに、ルノは面食らう。ついにえぐえぐと泣きだし、ルノはますます焦ってしまった。
「なんでルノさんにあんなひどい」
「あの、いつから」
「あ、あれ、あれが崩れた時くらいからです!」
アイリは言葉につっかえながら涙を拭い、木材の瓦礫を指さす。カランと、木材が一つ虚しく転がった。
あの轟音が鳴った時から。すなわち、ほとんど全部。
その事実を悟り、ルノは深いため息をつく。
「そっか」
「止めなきゃいけないのに、ごめんなさい。足、怪我したんじゃないですか?」
もう一度座らせようとするアイリを、ヒラヒラと手を振って断る。
尚も心配するアイリに、ルノはゆっくりと向き直った。ガラス玉のような瞳が、アイリを映す。
そして上着のポケットからゴソゴソと何かを取り出し、アイリに差しだした。
「──ん」
「え?」
痺れを切らしたのか、ほとんど押し付けるようにグイッと渡してくる。とりあえず、受け取った。
切符のようだ。いや、レッシャの切符より少し大きい。
厚めの紙に、何やら文字が細かく書いてある。日付け、時間、何かのマーク。
そして一番太い文字で、目立つところに書かれている言葉があった。
『国境線からきた男2 太陽は眠らない』
何だろう、これは。これが何を示しているのか、アイリにはさっぱり分からない。
「あげる」
「あの、ルノさん」
これって、何ですか。どうやって使うんですか。
そこまで口にしようとした、次の瞬間。
「……!」
「……!!」
二人は揃って目を見開いた。
──誰かの気配がする。
路地裏に、足音が響いていた。




