第25話 人々
【テイクンシティー 中央部】
【ミツナ通り】
結局、今日はそのままお開きとなった。
パレスでこれから暮らすというナエカと別れ、自宅の方向が違うレオナルドと別れ、アイリは一人で新しい自宅に向かう。
ブライアンが待っている筈だ。
「──ここをこう曲がって、あれ?」
貰った地図の通りに歩いている筈なのだが、今ひとつ自信が無い。なにせこの街は、基本的に建物のデザインが統一されている。
違うのは、壁の色とりどりの淡いカラー。
目が開くようにして地図を眺め、ようやく地図に載っているらしき建物を見つけた。見つける度にはしゃぎ、駆け寄っていく。
「ここの角を曲がるでしょ、そしたら……」
「ハマーンだぞ〜!」
「わ〜!」
その時、アイリのすぐそばを子供三人が楽しそうに通り過ぎていく。その笑顔が可愛らしく、アイリは思わず足を止めた。
周りを見渡せば、あらゆる年齢層の人達が笑顔で街を闊歩していく。
楽しい街だ。ボーッと歩いているうちに、いつのまにか先程いた所から外れていた。
こっちか、いや、違う。
慌てて引き返して元いた場所に戻ろうとするが、その場所が分からない。
ガガン!!!
その時、すぐ近くで鈍い物音がした。
「ん?」
何か重たい物が落ちたのだろうか、金属のような。すぐそばの路地からだ。
奥で何か起きているのか。誰か、巻き込まれた人がいるかもしれない。
どうしてもその音が気になったアイリは、思い切って路地の方に足を向けた。
華やかな表の通りの雰囲気に比べて、光が射さない路地は随分暗い。靴の音がカツカツ、と妙に響く。
「──いいよなぁ、団員様は」
角を曲がろうとしたその時、誰かの喋る太い声が聞こえてきた。
一言でもねっとり悪意の詰まった声で、アイリは思わず身体をすくめる。ただならぬ雰囲気だ。
──団員様というのは、まさか剣の団のことか。
アイリは、心臓の音が不自然に走りだすのを感じた。自分が言われているわけではないのに。
「もう仕事終わりってか。団員様が、まだこんな時間なのに出歩いていいでしょうかね~?」
「いいご身分だよなぁ」
アイリが角の向こうをそっと覗いてみると、何人かの柄の悪い男達が集まって固まっていた。
よく見ると、男達の他に誰かがいる。崩れた木材の瓦礫を背に誰かが座していて、それを男達が取り囲んでいるのだ。
──団員様って、誰のこと?
誰なのか気になり、アイリは影からこっそり顔を覗かせる。男達が取り囲む隙間から一瞬、その姿が瞳に映った。
「……!」
ルノだった。
間違いない、紺色の髪の色が見える。その表情は、こちらから窺うことが出来ない。
「ルノさん……」
叫びそうになり、必死に両手で口を抑える。
そうか、先程聞こえた大きな音は何かが落ちた音ではない。木材が派手に崩れた音だったのか。
何故崩れたのか、想像するのは難しくない。でも、何故?
アイリは、彼等から見えないように身を隠す。ピリピリする感覚とはやる心臓に、身体が震えていた。
「一丁前に偉そうなツラしやがって、どんな手を使って団員様になったんだぁ? その秘訣をちょっくら教えてくれよ」
「給料、どれくらい貰った? せいぜい稼いだんだろ?」
「あれだけテレビで騒いでおいてなぁ! ざまぁねぇよなぁ」
「悪夢の50期生様よお!!」
男達は、無遠慮にルノに詰め寄り次々に罵声を浴びせる。その一言一言が、アイリに刺さって離れない。
「……」
「おら、人様を蹴落として団員様になった気分はどうだぁ?」
アイリには、目の前の光景が信じられない。
何故、ルノがこのように言われなければならないのだ。こんなにも、一方的に。
男達は軽くルノを蹴るフリをしたりして、執拗にルノを脅す。
「お、お、図星か? おら、何か言い返してみろよ~!」
「腑抜けな奴だ」
柄の悪い男達に散々言われても、ルノは何も反応せず何も言い返さない。
そんなルノに痺れを切らしたのか、男達の内の一人がルノの肩をガッと強く押す。
「おい! なんとか言えよ!」
ドン!!
かなり強い力で押され、ルノの体はよろめき瓦礫に少しぶつかった。周りの男達はニヤニヤとその様子を眺めたままだ。
「……」
それまでずっと黙っていたルノが、痛みで顔を歪めながらも起き上がった。パンパン、とホコリをはたき、ゆっくりと顔を上げる。
彼等を見据える瞳。冷たいその瞳に、男達も思わず怯む。
「──それだけ?」
「はぁ?」
「失礼する」
そうあっさり返すと、ルノはゆっくりと優雅にお辞儀をしてそのまま足を踏みだす。
呆気にとられていた男達だったが、慌ててルノを止めにかかる。
「ちょ、待てよ! おまえ、まだ話は終わってねーよ!」
「おい!」
「そちらの言い分は聞いた。これから予定がある、失礼する」
──こんなに喋るんだ。
堂々とした態度に、唖然とする男達。だが、次第に相手にされていない事に気が付いたようだ。
顔を真っ赤にして、次々とルノに向かって罵倒し始める。
「お前!!!」
大声に、アイリはビクッとなった。
「ふざけんなよ、この野郎!」
「お前みたいな奴が団にいるなんてよぉ!」
アイリは、先程パレスで聞いたエリーナの言葉を思い出す。
「団はね、その名前が人々の力にならなきゃいけないの」
「力に?」
「えぇ、私達は太陽の代わりなんですもの。なのにルノは、悪い印象が今でもついて回ってるから……。かなり改善されたけどね」
アイリが後ろの様子を窺うと、ナエカもレオナルドも微妙に目を伏せていた。事情を知っていたのだろう。
エリーナは、話しながら目に悔しさをにじませた。
「あの子はね、あれだけの観衆を相手にずっと耐えてきたのよ。たった一人で」
──絞り出すような声だった。
もしかして、この人にとっては日常茶飯事なのか。だからこれだけ堂々としているのか。
「ルノさんはな、唯一の50期生なんだよ。まぁ、入る時に色々あってさ……。結局、ルノさんしか入らなかったんだ」
ルノが入った時何があったのか、それはアイリは分からない。
でも。
アイリは気がつくと、聞こえないようにブツブツと術を唱えていた。




