第22話 呪文
アイリはふぅ、と息をついた。
目の前にはルノの姿。
観客席で楽しんでいる雰囲気だった先輩達も、緊迫感に満ちた顔つきに変わっていく。
「クレエールの能力か」
「クレエールの能力って……」
「あれ、しかない……」
アイリが不安になり、ルノの方をチラッと見ると、こちらを真っ直ぐ見つめている。
冷静な顔でいつでも準備万端、と言わんばかりだ。それが余計に、アイリの緊張を増幅していた。
太陽の始祖の中でも最も最強と言われた、ジョナス・クレエール。その子孫で直系の末裔であり、クレエールの後継者。
他の一族は様々な能力が記録されているのに対し、クレエールの一族は、代々ある能力しか受け継いでいない。
アイリ自身、能力はほとんど使った事が無い。使うのを避けていた、と言ってもいい。
しかし、それでもこれが役に立つのなら。これで未来を変えれるなら。
「……よし!」
気合いを入れた──次の瞬間。
突如アイリの目が、それまでの純で生き生きした輝きの瞳から、トロンとした眠っているような眼に変わった。
「……」
「な、なにあれ!」
まるで覇気がない。アイリは、そのままゆらりゆらりと体を揺らす。
「ユルゲル……ベリーウェル……ヤナカナ……ダンディバイド……ミスラス……」
ブツブツと、アイリは意味の分からない言葉を羅列している。
呪文のようだ。
「な、何を言うとるんやアレは?」
「恐らくは、人の名前だろうさね」
「人の名前……?」
アイリが言葉を告げる度に、アイリの周囲を煙のような謎の得体の知れない物が取り囲む。青白い、ぼんやりした影。
人影、人影、また人影。
それが渦巻のように、グルグルと円になっていった。現れた存在は、どんどん数を増していく。
重なり合った影が、厚みを増しどんどん伸びていく。
「ともびとよ、この声はクレエールの声。どうかすべてを還し、灯火を照らして」
アイリが立つ足元から、次々とこの世のものではないような声が聞こえてくる。
地面を突き抜け、どんどん声が溢れだす。
これは、亡者達。
「冥地蘇生!」
アイリがそう高らかに口を開いた、次の瞬間。
この世の者であってこの世の者ではない者達が、一気に飛び出した。
まるで地獄の底から吠えているようなおどろおどろしい声で、ルノに真っ直ぐ向かっていく。
ルノは、動揺しながらも左手を突き出した。
再び、左の手のひらに何かが創造されていく。先程と同じ、美しい輝き。
「あれは、ダイヤ?」
ナエカが黒曜に光る石を、そう呼ぶ。血の力を吸収する、美しき宝石。
「!!!」
「ルノ!!!」
黒い輝きの中。
人ならざる者達は真っ直ぐにルノに飛んでいき、その場にいた全員が息を飲む。ルノはカッと目を見開いた。
美しいオッドアイ瞳の色が、左右で同じ色に変わっていく。
──しかし。
「!!!」
……打ち消せない!!
「ルノ!!」
「ルノちゃん!」
ジェイとカリンは驚いて立ち上がり、思わず叫ぶ。
この世の者ではない者達は、一斉にルノに飛びかかっていく。
「うわっ!!」
ルノの細身の身体が吹き飛ばされ、大きく宙に舞う。
皆が驚愕する中、一足先にエリーナが動いていた。
「だ、団長!」
ガラガラガラ!!!
「きゃあ!!」
音が止み、広間が静寂に変わった。
いつの間にか、この世の者ではない者達は隠れてしまった。後には、ぶすぶすと奇妙な音を残す。
「イタタ」
エリーナが痛みで顔をしかめながらも、見事にルノを受け止めていた。
「……すみません、団長」
衝撃で側にあったチェスターが、哀れにも壁にぶつかっていた。自分を起こそうとするルノを静止し、エリーナは自ら起き上がる。
「ルノを、ぶっ飛ばしよった……」
正気に戻ったアイリは、先輩を思いっきり吹き飛ばした事に気付いてしまった。顔面蒼白で、ルノに頭を下げる。
「すみません、すみません、すみません!!」
「──流石はクレエール。その能力、ルノの能力で打ち消せないのね」
太陽の始祖の能力を受け継いだ子孫達は、それぞれ多様な能力を持つものだが、クレエールの子孫だけは違っていた。
強さの違いこそあるが、代々たった一つの能力しか確認されていない。
「これぞクレエールの唯一の能力、霊能力さね! 死者を呼び出して力を借りるのさ」
「はあぁ、とんでもねぇな」
「ビックリした……」
ナエカは深呼吸した。まだ心臓がバクバクと早鐘のように鳴り、落ち着かない。
「亡くなった人達、か」
「幽霊を呼び出して、力にしてしまうなんてね」
それまでルノとエリーナにペコペコしていたアイリが、突然クルッと向きを変える。壁に向かって。
誰もいない壁の空間に、ペコペコとお辞儀し始めた。
周りもアイリの姿に、キョトンとする。ただ、壁に挨拶しているようにしか見えない。
「おいおい、何しとるんや?」
「あ……さっき来てくれた幽霊さん達に、お礼を言わなきゃいけないんです」
他の者には見えないが、アイリにははっきりと見えていた。
今回は若者が多かった。比較的最近亡くなった者ばかりだったらしく、服装は少し前に流行った服を着ていた者が多い。
寝ていたのに、とプリプリ怒る者、出てこれて上機嫌な者。何かあったの、とこちらを気にしてくれている者まで、反応も様々だ。
「急に呼び出してすみません、ありがとう」
「ちなみに、お礼言わんかったらどうなるんや?」
「帰ってくれません」
「あぁ……なるほど……」




