第208話 大人
【ベカルミングストーン駅】
【2番ホーム】
「待たせたね、エリーナ君」
「……私、列車に乗るつもりはありませんわよ」
忙しそうに人々が行き交う、駅のホームに背中合わせで並ぶベンチ。
そこに、すっぱり体が隠れる程の大きなマントに身を包んだ男女が、それぞれのベンチに背中合わせで腰掛けていた。
誰かを待っているかのような、大人の雰囲気を醸し出す二人。長いベンチには、一人だけだと広過ぎる。
女は髪をくくり、つばの広いヒラヒラした大きな帽子を深く被る。男は眼鏡までかけ、人相を隠す。
「ここは少々、目立ちますわね」
隠れているつもりなのだろうが、風にチリチリした熱さを感じ始めるこの季節に、大袈裟なマントはどこまでも目立つ。
二人に突き刺さる、行き交う人々の興味津々な視線。通り過ぎる人々は、ただ通り過ぎるフリをして、さりげなく視線を送ってくる。
「それに、この服はどこで用意しましたの?」
「そう言わないで、局の人間にバレたら困るんだ」
「困ることですの? それに困るのは、ハーショウさんだけでしょう。この格好では、余計に目立ちますわ」
「まぁまぁ」
「ダサいし」
「……あれ」
少し明るく、茶化すようなトーンだったハーショウは、一転して声を落とす。
「例の噂についてだけど、君達が調査に乗り出したと伝えたら、局長が随分と慌てていたよ」
「レイク局長が?」
「君は局長に、遠回しに調査しろと言われた、と思った。だけど、どうやら違ったようだ」
エリーナは、帽子の中で口元を引き締めた。
「どういう意味ですの?」
「局長は、君の耳に噂が入ったかどうか、知りたいだけだったみたいだね」
調べろ、と案に告げたわけでは無かった。
レイクはハーショウに、この噂は重要な意味を持つと告げていたらしい。
「重要……」
「長く、この噂を調査していたような口ぶりだったよ」
ようやく掴んだ、宝のような情報。もしかすると、剣の団でも掴んでいるような色褪せた情報かもしれない。
エリーナに噂の存在をわざわざ知らせたのは、宝が色褪せているのか、確かめたいだけだったのか。
「では、噂そのものは真実だ、ということですのね」
「……どうかな」
「真実だったとして、異能機関はどうするつもりなのですか。私達に動くななんて、攫われた子をどうするつもりなのかしら」
ハーショウは、ベンチの上にこぼしてしまいそうな、大きなため息をつく。
口惜しそうに。
「何故だか分からないけど、この件に関しては徹底して僕に情報が回ってこない」
「え?」
「僕も色々探ってみたけど、さっぱりだよ」
エリーナは、思わず絶句した。
ハーショウは若い見た目ながら、長く異能機関に勤める重鎮だ。その彼に、情報を把握させないとは。
子供がこっそり攫われるなどという、重要な情報なのに。
それでも、ようやくエリーナに話したと思ったら、今度は団の介入を拒否した。
「君が局長に呼ばれた時も、正直僕は驚いていたんだよね」
あれほど自分に内密にしながら、何故同席させるのかと。
「明らかに、意図的に情報が隠されてる。情けないことだよ」
「まさか」
「僕が、君達と関係が深いからだとしたら?」
「……」
今の団員のほとんどは、ハーショウが動き、団員にしたのだ。唯一、大会で選ばれたルノを除いて。
直接スカウトした団員だっている。49期生は全員、ハーショウからのスカウトだ。
今年の代のスカウトは終わったのに、ハーショウは今になっても、たまにパレスに顔をだす。
ハーショウに詳細を話せば、間違いなく団に知られるだろう。恐らく局長は、詳細までは団に伏せたかった。
「局長は、噂のごく一部しか話していないのかもしれない」
「そこに、私達に知られたくない、何かがあると。そういうことかしら」
「どうだろう、わざわざ君に噂について話したくらいだからなぁ」
「ハーショウさんは、その何かについて心当たりはありませんの?」
ハーショウは迷ったようだが、ゆっくりと口を開く。
「一つだけ、分かることはあるよ」
「分かること?」
「大人の事情、って奴さ。間違いなく、悪い大人の悪い手が入ってる。今回は、噂は大した意味を持たないのかもしれない」




