第207話 屍
【パレス オーナーの部屋】
「……どういうことでしょうか」
目の前でわざとらしく、平静を顔に貼り付けようとしているマルガレータに、エリーナは不審な目を向けた。
「だからねぇ、上から言われたのさね。例の噂について、これ以上調査するなと」
「上とは」
「勿論、政府の異能機関さね」
エリーナは思わず声を大きくした。
「納得出来ません。私達はレイク局長からのお話しを聞いて、例の噂を調査しているのです。それなのに、一体何故」
「それが、私にも分からないんだよ。理由を聞いたんだが、とにかく調査するなの一点張りさね」
──これは一体、どういうことなのだろう。
そもそも、話を持って来たのは局長だ。局長がわざわざエリーナを呼びつけてまで、この噂を伝えてきたのに。
とにかく調べろと言わんばかりに。
「それならば何故、私にあのような話を」
「状況が変わったのかもしれないさね」
「状況?」
それならば、その状況を言えばいい。なのに、その説明は無いようだ。
「国が言うことじゃ、仕方ないさね。私達はお国勤めなんだ」
「だからって……」
「とにかく、調査はやめるように」
折角、新しい情報が入ったと皆が言っていたのに。このまま調べたら、何があるというのか。
エリーナは釈然としないまま、口を結んだ。
オーナーの部屋の扉、扉を挟んで向こう側。
そこには、団員達がこっそりたむろしていた。ジェイが先頭で、大きな扉にピタッと体をつけている。
「オーナーも知らんのかいな」
「ジェイさん、ここにいたらまずいっすよ。ヤバくないっすか」
「レオ、声大きい」
「きーこーえーなーい。ヒン」
「あ、ヨーくん! 今、僕の足踏まなかったかい?」
「……あんたこそ足踏んでんだよ、ずっと。ルノのな」
扉の向こうの会話が、気になって仕方がない。扉の前で、ぎゅうぎゅうと押し合う。
「それにしても、何かあったのでしょうか」
「今更ひっくり返すなんて遅いよね。この僕は、知り合いの探偵さんに聞いてきたんだよ。折角、いい話聞いてきたのに」
「オレなんて、樽運ぶの手伝って聞いてきたんだぜ? お偉いさんってホント、偉そうっていうか」
「うるさいー」
皆のやいのやいの言う声で、扉の向こうの会話がよく聞こえない。
後ろにいたアイリもみんなに倣い、もう少し扉に近づこうと足を踏みだす。
誰かの足を踏みそうになった──その時。
ジェイがハッと、扉にかけていた手を止めた。
「あ、あかん!」
「え?」
「皆、退がりや!」
ジェイが顔色を変え、皆を扉から遠ざけようとする。しかし、一歩遅かった。
ガチャ!!
「ん?」
扉が勢いよく開いた。
ギーッ!!
ゴン!!
「グハァ!!」
「のへぇ!!」
一番前にいたジェイ、レオナルドは、見事に顔面が扉に潰された。
そのままジェイは、そばにいたヨースラに身体ごと乗っかってしまう。
扉を交わそうとした反動で、ナエカがバランスを崩し、後ろにいたシキに全身でぶつかる。
これまた扉を交わそうとした反動で、カリンは尻餅をつき、更にその上にシキとナエカがもたれかかる。
後ろにいたショウリュウは、アイリの首根っこ、いや、襟を後ろから掴み強引に退がらせた。おかしな方向に引っ張ってしまい、アイリは奇妙な擬音を発する。
「びぇ」
バタバタバタバタ。
「あなた達!」
まさに、地獄絵図。屍累々。
扉を開けて出て来たエリーナは、屍のように積み上がった彼等に、ギョッとして立ち尽くす。
「いやぁあん、重いよぉ!! ヒン」
「そこふくらはぎ、ふくらはぎっすから! のいて!」
「お、おもいぃ」
「ちょっとルーイ達、情熱的すぎないかい……?」
「あれ、ルノそこおるんか? おーい!!」
こちらを凝視しているエリーナに、アイリはぎこちなくアハハ、と引きつった笑みで誤魔化す。
「まさかあなた達、こっそり聞いてたの?」
「い、いやぁ、気になってもうて」
ジェイは、何か言いたそうなルノを引っ張り上げた。ぶらさげながら、こちらもぎこちなく笑って誤魔化す。
「だってぇ、エリーナさん怖い顔したかと思ったら、いきなりオーナーのとこ行っちゃうから。ウフッ」
カリンの言葉に、エリーナは少し笑顔になった。
どうやら、皆を心配させてしまったらしい。こんなことをさせてしまった。
「で、どうするんだ。噂は無視するのか?」
ショウリュウの指摘に、皆の視線がエリーナに集まる。
噂を投げて来た側が、もう噂を受け止めるなと言う。もしかして、この話はとんでもない方向に向かっていくのではないか。
考えた末、エリーナは口を開く。
「みんな、少し待ってくれないかしら。私が話を聞いてくるわ、あの人にね」




