第206話 老眼鏡
ヨースラに気付いたトニーは、大はしゃぎでヨースラの元に駆け寄って来た。
婦人達に囲まれていたヨースラも、慌ててトニーの元に駆け寄る。
「ヨースラお兄ちゃんだ!」
「こんにちは、トニーくん」
「まぁ! お相手より先に、きちんとご挨拶しなくてはいけないでございますよ」
トニー。
アイリはその名前に、聞き覚えがあった。
そうだ、確か、セロマの一件に巻き込まれた少年の名前ではなかったか。教会にいて、ジェイと共に巻き込まれた。
ルノも思い出したのか、ハッとした顔をしている。
「んー?」
彼の泳ぐ定まらない瞳が、顔ごとアイリの方に向けられた。
アイリの方を見ているのに、見ていないのだ。瞳がアイリを映していない。
……そっか、確か目が見えないって。
アイリが生まれて初めて出会う、目が見えない人だ。アイリは思い切って、笑顔を向けた。
「こんにちは!」
アイリが挨拶すると、トニーは声に気付き、ぱあっと顔を輝かせた。
「アイリだ、アイリお姉ちゃんだ! そうだよね!?」
「う、うん」
「うわぁ〜、アイリだったんだぁ!」
51期生も、少しは名前が広まったらしい。彼は声だけで、すぐにアイリだと気付いたのだ。
喜んでもらい、アイリもすっかり照れてえへへ、と頰を綻ばす。
だがトニーはすぐに、まだ声を発していないルノの方に顔を向けた。泳ぐ瞳が、ルノに向けられる。
「……もしかして、ルノ?」
「……!!」
その言葉に、ヨースラも、アイリも、そばの女性も、そしてルノも顔色を変えた。
まさか。
「……ん」
ようやく口を開いたルノに、トニーはまたも大はしゃぎする。
「やった!」
「何で!?」
「やったぁ、やっぱりルノだよね」
「まぁ、よく分かったでございますね」
隣の女性は、ただただ目を丸くしている。
そこに誰かがいると、何故分かった。それがルノだと、何故分かった。目が見えないのに。
誰よりも驚いているのはルノだ。初対面の筈の少年の言葉に、呆然とする。
この子は……。
ルノは、戸惑いながらも口を開く。
「アメ、ありがとう」
「え?」
「アメ」
唐突なルノの言葉に、トニーは一瞬きょとんとした。だが、すぐに言葉の意味を理解し、ぷんすか怒りだす。
「あ、まさかジェイジー、ルノにアメあげちゃったの? ボク、ジェイジーにあげたのに!」
「トニーちゃま、そのアメってまさか、ガーデンの物じゃないでございますよねぇ?」
チリチリと刺すような目を向けられ、トニーは分かりやすく顔を逸らす。
──しまった、バレちゃう。
分かりやすく、しっかり顔に書いてある。
「まったく!」
「トニーくん、そちらは?」
トニーが答える前に、隣の恰幅のいい女性がコホン、と咳払いして眼鏡をいじる。
そして、うやうやしく頭を下げた。
「これはこれは申し遅れました。わたくしは、ガーデンでトニーちゃまの世話をしております、ロットマイヤーでございますでございますよ」
堀の深いしわくちゃの口元を、キッと吊り上げる。睨んでいるのか、ただ見ているだけなのか、よく分からない。
「皆様は、剣の団の皆様でございますね。先日は、トニーちゃまがすごーく、すごーくお世話になりましたですね! 助けていただき、感謝申し上げるでございますです!!」
威圧感剥き出しで、前のめりで告げる。
ありがとうと言われているのに、三人は怖気付いてしまい後退りした。
「いぇ、こちらこそ巻き込んでしまって」
「なんのなんの。元はと言えば、このトニーちゃまが黙って。わたくしに黙ーーって! 勝手に教会に行ったのが悪いのでございますよ!」
ギロッとトニーを睨みつけるが、トニーは慣れているのか涼しい顔だ。
どうやら、どこか不機嫌そうだったのはあの一件を思い出したから、だったらしい。
アイリは勇気を出して、ロットマイヤーに近づく。
「あの、お二人は噂とか聞いたことないですか?」
「うわさ?」
軽く説明したが、トニーは首をひねるだけだった。
「えー、ボク知らないよ」
「見えざる者なんじゃないかっていう、噂とか聞いたことないですか?」
「ロットマイヤーさんは?」
少し考え込んでいたロットマイヤーは、カチャッと老眼鏡をかけ直す。
「……ああ、ございますね。確かに、そんな噂を耳にしましたですよ」
「ど、どんな?」
アイリが前のめりで尋ねると、ロットマイヤーは表情を変えずに告げた。
「鐘の音が鳴ったら、子供が勝手に抜け出すと」
その言葉に、三人共息を呑む。
まさに、情報通り。
「ガーデンに出資下さってる方が先日いらして、そんなことを仰ってましたですねぇ。見えざる者かもしれないから、戸締りには用心せよと。だからわたくし、しっかーりと用心して鍵を閉めてるのでございますよ、えぇ」
「そうなんだぁ、ボク知らなかったや」
三人は思わず目を見合わせた。
噂は、間違いなかったのだ。やっと掴んだ、重要な情報。
その時、三人の頭に声が響いてきた。
『ヨー! ルノとアイリちゃんも一緒か、大変や!」
「ジェイさん、よかった。今ちょうど、重要な」
『ちょっとおかしなことなってんねん。とりあえず、パレス戻って来てくれ!』
「……え?」




