第197話 敵
【中央通り】
【映画館 インペリアル】
「……」
「ヨースラ君」
人形は、いまだに高官の腕の中にいた。
映画館の前で佇む一人の青年に、高官は声をかける。
どうやら、公開されている映画の資料を見ているようだ。高官に気付いたのか、青年は資料から目を離し、こちらを見て目を丸くする。
「ヨーさん」
後ろから、スパイと美少女も青年に駆け寄った。
人混みの中で仲間を見つけた時の、嬉しそうな表情。どうやら、この青年も団員らしい。
「ヨーさん、ここまで来たっすよ」
「ヨーさん、ですか?」
「ヨースラさんって呼びにくいっす!」
「はっきり言ってどうするの……」
「そこ、照れるところかい? ナエカ君」
目の前でのやりとりに、青年は爽やかに笑顔を浮かべた。
「驚きました、ハーショウさんと一緒なんですね」
──おや、この若造も見覚えが。
そうだ、下僕が家に持ち帰ってきたチラシ。部屋の壁の隙間を埋めていくように、下僕が意気揚々と貼っていたのだ。
そう、何枚も。
どのチラシにも、この若造が大きく映っていた。そうだ、散々見飽きた顔ではないか。
この人形のお気に入りの基地にも貼ってあった、この顔が侵食したではないか!
許さぬ。この顔は許さない、人形の敵だ。
「……あれ?」
ジトッと敵を睨んでいたからか、敵がこちらに気付く。
「この子、どうしたんですか? ハーショウさんが綺麗な子持ってます」
そう言いながら膝を曲げ、目線をこちらに近づけてくる。目と鼻の先。
綺麗な顔で青一色に染まる空のような、溶けていきそうな笑顔で微笑む。爽やかな笑顔。
この人形は、会話もできぬ相手だというのに。
……訂正。
敵から、キノコにしてやる。嬉しいだろう。
するするする。
おや、また黒い垂れ幕が降りてきたぞ。
何故ここでこの人形の水を差すのだ?
「さて! ここでかくかくしかじかの」
やめんかあ!!
先だ先!!
【現実】
「ヨーさんは、ここで何してたんすか?」
「もしかして、また映画にでたのかい?」
「いぇいぇ」
キノコが取り出したのは、先程まで見ていたチラシ──チラシはもういい、何枚目だ。
とは言いつつ、人形はこっそり動いてチラシを覗く。
今度公開される映画らしい。タイトルは、『十二人もいない』。
真っ白い、犯罪者のような格好に身を包んだ十二人が映っている。年齢も性別も違う十二人。
……十二人いるではないか。
「あ、これ」
チラシを見た美少女が、目を輝かせる。
美少女が好きな作家の、人気作品が原作らしい。とある城に何故か集められた、顔も知らぬ男女十二人が繰り広げる、緊迫感溢れる脱出劇だそうだ。
やはり十二人いるではないか、どんな内容なのだ。
「この作品がどうかしたのかい?」
そう尋ねられたキノコは、スッとチラシを指差す。並ぶ十二人の真ん中に立つ男の、すぐ隣に立つ男。
彼だけ、何故か手錠をかけられている。一人だけ背も高くて体格もよく、随分と目立っていた。
「誰なんすか、この人」
「僕が昔、スタントをしていた時の友人なんです」
「へぇ!」
「……ジーコかな。ジーコ役なんて、すごい」
「重要な役なんですか?」
美少女曰く、一癖ある人物だそうだ。そして、彼こそが脱出の鍵を握る男。
そんな話を聞き、キノコも頬を緩める。
「この人って、他にどんな映画でてるんすか?」
「いえ、僕が知らないだけかもしれませんが、この映画が初めてだと思います」
「えー!!」
スタントとやらは知らないが、昔の友人がようやく夢を掴んだというところか。
「初めてで、ジーコ役なんて」
「へぇ、将来有望なんだね」
「そうですね」
──夢物語。
多くの人が笑い飛ばす話を、叶えた人間がここにいるとは。
「そろそろ、挨拶行かないとな」
そう呟くと、キノコはこの人形を高官から受け取った。そっと抱き上げる。
人の肌の、温かさ。
「そうだ、この子、僕が預かっていいですか。皆さんはまだ巡回でしょう? 僕、ちょうど用があったんですよ」