第196話 太鼓
ポンポン。
小気味良い太鼓の音が鳴る。
──なんだ、これは。どの世界に紛れ込んだのだ。
人形が動かない体で周囲を見渡すが、殺風景な黒一色の垂れ幕があるだけだ。
分厚い布が、床を引きづるように壁から下に垂れて飾らせている。
「さて。お話の途中ではあるんすけど、かくかくしかじかのお時間っす!」
突如聞こえてきた声に、人形は無理やり後ろを向く。
──スパイだ。
スパイが地方の民族のような衣装を着て、神妙な表情で正座している。傍には手のひらより一回り大きいくらいの、小さな太鼓。
「エリーナ団長が手に入れた、この人形。市場に突然現れた、持ち主のいない謎の人形!」
突然現れた、のはそっちの方じゃないか。
説明どうした──いや、その前にその口調どうした。
「その全てを、ハーショウさんに話すことになったんっす!」
「哀れな人形の持ち主は、いまだに見つかっていません」
いつの間に潜んでいたのか、後ろから美少女がひょっこり顔をだす。キリッとした目つき。
これは──ウメか。ウメの花の柄をした、腕が見えない長い裾の格好。地面を引きずっているのに、よく器用に歩けるものだ。
おかしな世界に巻き込むな、現実に戻せ早く。妄想などまっぴらごめんだ。
「エリーナ団長の伝言は、ただ一つ。ある人物にこの人形を見せること!」
「その人物こそが、人形の持ち主の正体を突き止める、鍵を握っているようです」
「だから、早く見せたかったんすけど……」
そこまで告げて、二人は顔を見合わせた。
「なんと今、その人物は寝てるんです!!」
「悲しい……」
白々しい、芝居がかった泣き真似。
ほぉ、なるほど。
人形は、そっと胸を撫でおろす。その人物、とやらは知らないが、下僕に見つからなければ問題なさそうだ。
「目が覚めるのを待ちましょう」
「ハイ! かくかくしかじかで、ハーショウさんに事情を話しまして、再び物語の始まり始まり〜」
スパイが座ったまま、深々と頭を下げるのに合わせて、美少女も優雅にお辞儀した。
おお、垂れ幕がスルスルと上に上がっていく。
待って、結局この空間はどういうのか、その、その──。
【現実】
「ご苦労様でした」
「じゃあ、頼んだよ」
「へいっ!」
剣の団の団員の目の前で、堂々と盗みを働いた男。
政府の高官だというスーツ姿の男が、呼び寄せた警察官の手によって、あっさりと連行されて行った。
「ほら、きびきび歩け!」
「く、くそぉ……」
警察官と、情けない男の後ろ姿を見送り、高官の男はこちらにニコッと笑顔を向けた。
「お手柄だったね、君達」
「いやぁ、それほどでも」
はっきりと褒められ、えへへと胸を張るスパイ。その横で、美少女も頬を赤くした。
「またちょっと、治安悪くなってきたみたいだね」
今度は、この高官の腕の中。もう何人目なのだ、いい加減にしろ。
しかし、気になる。
この男の顔、よく見知った顔に見えるのだが。気のせいだろうか。
誰かに似ているだけなのか。
「そういえば、ハーショウさんはなんでこんなとこいたんすか?」
「そりゃ勿論、パレスに用があったからだよ」
その言葉に、美少女もスパイもハッと顔色を変える。
青い色が加わり、顔が強張っていく。
「な、何かあったんすか!?」
「悲報……?」
「君達、先輩達に毒されてるよねぇ!??」
高官は、自分の存在の惨めさに悲しむ。
だがすぐに落ち着いたのか、ため息を吐くとぎこちない笑みを返した。
「先日のセロマの一件もあるし、パレスに久しぶりにバート君が来たって聞いたから、オーナーに話を聞いとこうと思っただけだよ」
「なんだ、そういうことっすか」
「ビックリした」
若造とはいえ、ラナマンの代表をバート君呼ばわり出来るのか。何者なのだ、この男は。
ラナマンより、クレエールだがな。
「まぁ、別件もあるんだけど」
ボソッと付け足された言葉。
安堵しかけた二人の表情が、またも固まる。
「悲報」
「じゃなーーい!!」
それでもまだ妙にビクビクしている二人に、高官はしょぼんと肩を落とす。
「絶対、カリン君のせいだよね」
「じゃあ逆に、追加の51期生とかっすか!?」
「流石にもう来ないでしょ……」
「わっかんないじゃん!」
「そうじゃないってばーー!!」
これが信頼の無さか。この高官、なかなかの疫病神なのだろう。
高官は、再び深く息を吐く。
「君達、もうすぐ戻るんだよね? なら、ついでについていっていいかなぁ」