第194話 習慣
「ハッハッハッ!!」
店員は、大きく口を開けて笑い飛ばした。どうやら、あの奇天烈な建物の近くにある、喫茶店の店員らしい。
「僕がナエカさんと? 誤解させちゃったかな」
美少女は、手のひらですっかり顔を覆ってしまった。指の隙間から僅かに見える肌は、耳まで真っ赤に染め上がっている。
「レオのバカアンポンタンドジカッパアホドンクサイアンポンタン……」
美しい言葉の羅列。よくぞここまで、スラスラ出てくるものだ。アンポンタン多い。
ついには、恥ずかしさのあまりその場にしゃがみこんでしまう。
スパイは美少女の反応に、わたわたすることしか出来ない。
「えー!! オレ、てっきり」
「これってぇ、レオちゃんの勘違い、それとも早とちり? ウフッ」
娘はからかっているのか、わざとらしく首を捻る。
この娘は、脳の歯車がズレてしまっているのか?
「じゃ、じゃあ二人で何してたんだよぉ!」
「えっと……」
美少女に詰め寄るスパイ。言い淀む美少女に、店員がにっこり微笑む。
なんだ、妙に視線がチクチク刺さっているような。彼に見られている。
「実はね、ナエカさんに頼み事をされたんですよ」
「頼み事?」
「見せてあげたら?」
美少女の方を振り向き、穏やかになにかを促す店員に、美少女は握っていた手を開く。
「ちゃあ!」
生憎、ここからは見えない。何か光る物のようだが。
ピカピカと、太陽の光に照らされて光る。
「天使さんだよ、可愛い〜」
どうやら、天使の姿のガラス細工のようだ。
スパイは恐る恐る、光る天使を受け取る。動かす手は二回、天使は二人いるらしい。
カチャ、と手のひらの上で擦れる音がした。
「どうしたんだよ、これ」
スパイの問いかけに、美少女は口元を緩めた。
「ほら、アイリちゃんとレオはそろそろひとつなぎ記念日でしょ?」
「え」
スパイは、美少女の言葉に虚を突かれた表情になる。隣にいた娘も。
ひとつなぎ記念日、だと。そのような言葉、聞いたこともない。
「マジで?……もうそんなに経ったっけ?」
「そうだよ、出会ってつなぎ日が経った記念日。アイリちゃんがあの店のガラス細工、気に入ってたから」
だが、今までこの記念日に贈り物をした経験が無い。
それで、何を贈ろうか店員に相談したら。
「あの細工作ってるの、店長さんでしょう? 店長さんの工房が近くにあって、丁度作ってるのがあるから、くれるって言ってくれたの」
「そうだったのか……」
なるほど。どうやら親しい者と出会っていくらかの期間が経った時、贈り物を贈る習慣があるらしい。
まだ若いのに、気の回る少女じゃないか。
そんな粋な習慣、やってみたかったぞ。
こうなってくると、恥ずかしいのは突撃したスパイ。今度はスパイの方が、かぁっと頬を染めてしまった。
「オレ、すっかり忘れてたぜ……。ごめんな、ナエカ」
「ううん。アイリちゃんはひとつなぎ、知らないかなと思ってたし」
私があげたいからあげるの、と笑顔で返す。包み込むような笑顔。
……まぁ確かに、下僕そのには知らないだろう。下僕はあの里で長く暮らし、新たに人と知り合うなんてほとんど無かったのだから。
何より、この人形が知らなかったのだから。
「ショウリュウとシキ君も、ひとつなぎになったらあげるの」
「カリンは〜?」
「目上にはあげないですって!」
「ヨーちゃん以外はひとつなぎでしょ〜、カリンもあげる〜。ウフッ」
「……どうしよう」
「ややこしいって、勘弁!」
スパイはもう一度、天使の細工をマジマジと見つめた。
「色ついてるじゃん、オレンジに黄色」
「うん、二人の色の子貰ったんだ」
トントン、と天使を指し示す。ガラスは、ただの透明な色ではない。ほんのりと色づき、存在の違いを主張する。
娘も、天使をもう一度覗き込んだ。
ようやく、人形の目にも天使が映る。あまりにも小さな、手のひらですら広く見える天使。
「ナエカちゃんのは無いのぉ?」
「え?」
「あ、そうじゃん。自分の頼んでないの?」
忘れてたなぁ、という美少女に、スパイはキラッと歯を輝かせた。
「じゃあ、オレがナエカの買う!」
「いいの?」
「とーぜん!」
やりとりを不思議な顔をして聞いていた店員は、ようやく笑みを見せた。
「まいどあり」