第193話 男女
【テイクンシティー 中央通り】
「ふんふ〜ん」
──おかしい、何かがおかしい。
人形は、きゃぴきゃぴした娘の腕に抱えられ街に繰りだしていた。
背中にフワッとした何かの感触があるのは嬉しいのだが、今度はどこに連れて行こうというのか。
「お散歩しようねぇ〜」
何のつもりだ、勘弁しろ──いや、やはり訂正する。背中に当たるフワッとした感触。
周りの民の視線が、痛いほど刺してくる気がする。怪訝な視線ではない、これは生暖かく見守る視線だ。
まさか、この人形に向けているのか?……馬鹿な!
「カリンちゃ〜ん!」
「こっち向いて〜!」
「はあ〜い、みんな元気〜!」
娘は上機嫌で手を振りかえす。何を思ったのか、娘はギュッとこの人形の手を握った。同じ様に、無理やりこの人形も手を振らされる。
やめんかぁ!!
人通りの多い通りを、体を揺らしながら呑気に進んでいく。
時折立ち止まったかと思えば、ガラスに映る娘自身の姿に手を振っている。何の儀式なのだ。
広場の近くまで、足を進めた時。
「あれぇ……?」
娘は何かに気付いたのか、目をパチクリさせ、立ち止まった。
誰かがいる。
すぐそこの、曲がり角の影。不審な動きの後ろ姿、まるでどこぞのスパイのよう。
「カリンさん、カリンさん!」
「あれぇ?」
「こっちこっち!」
こちらもチャラチャラした、最近の若者の少年が、娘に向かって手招きしていた。
手にはめた、古臭いグローブがチラッと目に映る。秘められた力を感じるのは、人形の
気のせいではないだろう。
服は洒落ているのに、気の毒なことだ。
「レオちゃん、どうしたのぉ?」
「ちょっとほら、あれ見てくださいって!」
スパイに促され、娘も怪しい動きで近づいていった。人形を抱えたまま。
やめろ娘よ、こっちも怪しく思われる。
「事件っすよ、事件!」
「え〜?」
スパイに倣い、ひょっこり壁から顔を出す。事件、とな。
「ほら、あれ!」
向こう側を覗き込むと、そこに見つめ合って笑う男女二人組の姿があった。
太陽のように、朗らかな笑い声。随分と親しげだ。
男は背を向けていて、帽子まで被っており、顔は見えない。だが、もう一人の女は。
「ナエカちゃん?」
「シィー!!」
スパイが、必死に娘の口を塞ぐ。
奥に見えるその少女は、大層な美貌の持ち主だった。長くこの世を見てきたが、あれほど美しい少女はいなかったのではないか。
──おや、見たことがあったな。この人形のことだ。
パッチリした目、美しい白い肌、麗しい髪。まさに、この美貌は人形界の中でも指折り──おっと。
落ちそうになった。
「ちゃあ! ナエカちゃん、まっさかデートなの?」
「うるさいっすよ!」
娘のはしゃぐ声に、思考を遮られる。
デートとな。デートとは、何の単語だ。俗っぽい言い方をするのだな。
「あー、また近づいてるじゃん!」
スパイは軽く混乱しているようだ。美少女ともう一人の男は、更に距離を詰めて楽しそうに談笑する。
男の方が美少女に何か手渡し、美少女がそれを見て嬉しそうに笑顔を返す。手のひらに収まるような、小さな物。
贈り物か、なんと微笑ましい光景だ。
「ナ、ナエカが……」
「ぽぇ〜、あのナエカちゃんがすごく喋ってるねぇ。ウフッ」
若い男女が見つめ合い、楽しそうに笑い合う。結構じゃないか。
これを何と言う?
初恋、幸せ、清涼感、青春、透明。
「あ!!」
二人の男女が、また更に一歩近付いた。もう少しでひっつき合う距離。
スパイが焦って、大きな声を上げる。
「あーーー!! 待ったああ、そこ待ったあああ!!!」
「えー! レオちゃん!?」
スパイが娘の制止を振り切り、一気に飛び出した。
二人の男女に向かって。
「待ったあああ!!!」
「え、レオ!?」
宙を裂く、大きなジャンプ。
美少女は驚いて、とっさに後ろに退がった。
見事にスパイを交わし、スパイは転びそうになる。
「……どうしたの、レオ」
「ナエカちゃ〜ん」
「カリンさんまで」
「あの〜、大丈夫ですか?」
美少女と一緒にいた男が、心配そうにこちらを見つめ、近付いてくる。
その男の顔を見て、スパイはハッと目を見開いた。
「あれ、エコンテの店員さん!?」