第191話 冗談
「わたしのじゃないよ」
「なああ!!」
お目当てのジュラのばあさんの娘っ子、とやらは人形を目の前に、首を横に振った。
「わたしの、チャーリー・ヴィレッタシマ・コメット・ボルタレンの方がかわいいもん」
幼い瞳で、人形を不審な物を見るように人形を見つめる。
なんと無礼な、誰だと思っているんだ。
あと、名前なのかその、チャーリーなんちゃらは。覚えられるか。チャーリーなんちゃらだって、迷惑だろう。
「そ、そうか」
さりげなく動いて、そっぽを向いてやった。いいぞ、気付かれていない。
毛むくじゃらの男は、すっかり困ってしまったようで眉を下げる。
「それじゃあ、どの子のかねぇ。この辺りで、他にちっちゃい子いるかい?」
「さぁ、知らねぇなあ。市場から外に出りゃそりゃいるだろうが、どうやってまぎれたんだか」
そんなやりとりを聞いていた女は、フフ、とにこやかに微笑むと二人に割り込んだ。
「このお人形さんが、勝手に動いちゃったのかもしれませんわね」
「動いた? まさかぁ」
「面白いこと言うな、エリーナちゃん」
冗談のような女の言葉を、男二人は豪快に笑い飛ばす。
冗談、なのだが。人形は一瞬、ビクッと反応してしまう。
近づいてくる剣の団の団長に、娘っ子は頬を赤く染め、おぼつかない足取りで駆け寄って来た。
「エリーナ、あのね」
「はい」
話しかけられた女は、すっと足を曲げてしゃがむ。子供と視線を合わせた。
フワッと、美しく長い髪が風に煽られる。
「ルノにね、これわたしてくれる?」
娘っ子が女に差し出したのは、何やら青緑色に濁った液体が入った、ガラス瓶だった。
濁りに濁った青と緑の中を、謎の白い固形物が動く。
縮れてしまった、しなっとした何かの草が、ドロドロした液の表面にプカプカ浮いていた。食欲の湧く見た目ではない。
……まさかとは思うが、そのおどろおどろしいもの、口に入れるのではあるまいな。
女はガラス瓶を受け取ると、ジッと中を見つめる。
「これは、メール水?」
──メール水だと!?
人形は、ギョッとして体を瓶に向けた。
メール、メール草じゃないか、食べるのかメール草を!?
この国の民の進化か、それともただの変わり者か。あのメール草を飲み物にしてしまうとは、長く生きていたのに初めて見た。
娘っ子は、恥ずかしがりながらも頷く。
「おかあさんとね、いっしょに作ったの。ルノが、しばらくお休みするって聞いたから」
ルノ、という名前はよく耳にする。そう、下僕と住んでいる家の隣人の名前だ。彼も下僕そのにと同じ、団員だと聞く。
どうやら、隣人を心配してこしらえたもののようだ。それを聞き、女も笑顔になる。
「ありがとう、必ずルノに渡すわね」
「ルノ、元気になるよね?」
「大丈夫よ、すぐ元気になるわ」
力強く答えるエリーナに、娘っ子もキラキラと目を輝かせて頷く。
「あの子ったら、本当に小さい子に人気ね」
女は小さく呟くと、娘っ子にバイバイと手を振る。
そしてさて、と告げると、男二人の方に振り返った。
「こんなに可愛らしいのに、忘れられるなんて可哀想な人形さんですわね。どうしましょう」
「今頃、探してるかもしれねぇ。エリーナちゃん、ついでで構わねぇんだけど、それとなく周りに聞いといてくれねぇか?」
「勿論ですわ」
女は優雅に目で頷くと、軽く人形を撫でる。随分と細い指だ。
「ご主人様が見つかるといいわね」
慈愛に満ちた目。
悪いが女よ、この人形に主人などいない。下僕と住む家から家出して来たのだ、自由を謳歌しようと。
そう簡単に見つかってたまるか。
「とりあえず人形は、わしが預かっておく」
「えぇ」
「いやいや、エリーナちゃんが持ってたらいいじゃねーか」
男の言葉に、女は目をパチクリさせた。
「私がですか?」
「エリーナちゃんが持ってた方が、絵になるだろ。お前が持っててどうすんだ」
「なんじゃとお!!」
「まぁ、ティダさんったら」
人形は、ピクリと体を震わせた。
冗談じゃない。この女は剣の団の団長。団長に連れていかれたら、当然下僕に見つかるではないか。
男は冗談で口にしたようだったが、女は満更でもない様子で、ニッと意味深な笑みを浮かべる。
「分かりました、この子も私がお預かりします」
「あれ、いいのかい?」
「えぇ、探してくれそうな人を知ってますの」