第18話 豊作
【ミツナ通り】
「フンフン~~」
パレスを出たハーショウは、鼻歌を歌いながら上機嫌に大通りを闊歩していた。
その手には、大きめの黒く光る通信機が握られている。これがなかなか重い。
この街では、いやこの国では通信機は珍しい。黒光りする通信機は、通りすがりの人々の注目を集めていた。
人混みを抜け出し、路地に差し掛かった時その時。
通信機のランプがチカチカと点滅し、ハーショウは通信機を耳に近づける。
「もしもし……ああ、遅かったじゃないか。そっちはどうだい? 何か進展は?」
ざっくばらんに相手に問いかける。気の知れた相手だ。
「いやいや、こっちは順調だよ~、ビックリするぐらいに順調さ。すごいよ、今年は本当に豊作でね」
ハーショウの声は弾んでいた。彼が早口にペラペラ喋るので、電話の相手も困惑している。
「知ってるかい、今年やっと本家の子が入ってくれたんだよ~。しかも、しばらく団員を輩出してない家の子だよ」
会話の相手が、少し驚いた反応だったらしい。ハーショウは自然と足を止めた。
「あんな事件あったからさ。……違う違う、マジェラじゃないよ。マジェラの子も来たけどね〜」
今年は本当に、とんでもない豊作だ。
「え?……そうそう、その通り! よく分かったじゃないか、すごいだろう?」
相手の反応が面白かったのか、アハハ、と笑いだす。しかし、すぐにその目がスッと冷たいものに変わった。
「いやぁ、去年があんな事になっちゃったからね。今年は大盤振る舞いというか、頑張ったんだよ。僕が、ね」
あくまでも、僕が。
多過ぎてもいけないし、少な過ぎてもいけない。特に少ないと、他の団員に迷惑がかかるのだ。
それを、去年まんまとやってしまった。
去年の出来事を思い出し、ハーショウはため息をつく。思い返しながらも、再び足を踏みだす。
「本当だよ、分かってるかい? 去年はあのオーナーのせいで、僕はめちゃくちゃ大変だったんだよ。どれだけの人数に声をかけたか……」
該当する者を必死で調べ、しらみつぶしに声をかけた。
全ては、団員をより多く獲得する為──だった筈。
「でも結局、入ったのはルノ君だけだったし。やはり、あのやり方には無理があったのさ」
結果、51期生が入るまで五人でやる羽目になった。彼等に尻拭いをしてもらう形になったのだ。
頭が痛い話で、ハーショウは吐き出すように呟く。
「いやほんと、皆よくやってくれてるよ。特にルノ君は──」
そこまで言うと、突然ハーショウは口と足を止めた。
何かに気が付いたのか、辺りを軽く見回す。
その目は警戒しながらも、どこかこの状況を楽しんでいるようだ。
「いや、なんでもないさ。またかけ直すね~、じゃぁ」
通信機を切ると、辺りは静寂に包まれた。
やはり何かが気になるのか、ハーショウは再び辺りを見渡す。
「……」
首をかしげながらも、通信機を上着にしまおうとするハーショウに、何かが気配を消しながらヒタヒタと近づいて来た。
地面に、はっきりと何者かの足跡が残る。汚い道に残された跡、明らかに人の物ではない。
ハーショウはそれを確認すると、何かこの状況を楽しむかのように、口角を上げてニヤリと微笑んだ。
──その刹那。
見えざる者が一気に地面を蹴り出し、ハーショウに飛びかかる。
ハーショウの目は、その姿をはっきりと捉えていた。
笑みを顔に貼り付け、見えざる者にゆっくり顔を向ける。
「……!!」
少し経つと、路地からハーショウが出てきた。
何事も無かったかのように、涼しい顔でまた歩き出す。
「やれやれ、オーナーの言ってたことは本当のようだ。これからまた、僕も忙しくなるねぇ」
誰に言うでもなく、ハーショウは一人虚しく呟いたのだった。