第188話 自戒
「はぁ……」
一同は皆、揃ってため息をついた。バートを除いて。
ようやく、ようやく神は街から姿を消した。
だが、目の前には魔人から出てきたあらゆる物が、バートの手で山のように積み上がっていた。
それを団員みんなで一つ一つ、膝をついてちまちまと集めていく。
無論、バートからの厳命だ。
「キリキリ集めよ」
「こんなに溜め込んでいたのね……」
「あのお腹、いーーっぱいっすからね」
はっきり言って、キリが無い。チラホラと、価値がありそうな物もあるのだが。
ルノは、何か使い古された紐が絡まってしまったようで、もがきながら顔をしかめる。
「これ全部、壺におった幽霊が集めてた宝物みたいやな。それをあの神様が、ずっと保管してくれとったんや」
壺に取り憑いた幽霊と、仲良くなった証に。
ヨースラがそうなんですか、と返すと、ジェイは頷く。
「アイリちゃんが、幽霊と神様が仲良いって言うてたから、多分せやろ。ちゃうか?」
「はい、そうみたいです」
アイリが答えながら、チラッとテンに視線を向けると、テンはしゅんと落ち込んで俯いていた。
その横で、メメがぺしぺしと軽くテンをしばいている。
「それが、見えざる者がどうしたんかしらんけど、あれだけ巨大化した」
「そうなんだ……」
一人、離れたところで何やら集めていたショウリュウは、ガラクタのようなそれを一つ一つじっくり眺めていく。
その中の一つを、そっと手に持った。随分と古びた、布の切れ端。
「これは……」
「どうしたんだい、坊や」
シキに声をかけられ、ショウリュウは慌てたのか、手にしていた物をパッと放す。
「何でもねーよ」
「でもアイリちゃん。仲良しなのに、神様は大丈夫なのぉ?」
「大丈夫ですよ」
アイリは笑顔でそう言うと、転がっていたある物をそっとすくいあげるように拾う。
手のひらで、コロコロと転がる小さな子。それを、皆に見せた。
「あ!!」
皆が見つめたアイリの手には、小さな魔人がちょこんと収まっていたのだ。
まるで、ただの人形のように。
「あら、可愛らしい姿になったわ」
「おおお!」
「ちゃああ!! ちっちゃいよ!!」
アイリがそれをかざしてテンに見せると、テンも安堵の表情を浮かべた。
そっと小さな魔人を壺に戻すと、一枚だけの花弁の模様が、キラキラと光りだす。
「わあ!」
「綺麗」
オレンジの光に照らされ、まるで壺自身が喜んでいるようだ。
たっぷりと時間がかかってしまったが、それでもようやく集めきる。よかったねと言わんばかりに、夕陽が街を彩っていく。
「さて、そろそろであることか」
そう告げながらお付きの者を促し、バートはスッと一同に背を向けた。
「え、バートさん帰るんですか?」
「無論」
ぴしゃりと答えるバートに、お付きの者は応えるように壺をしまいだす。それに続くように、テンもフラッと歩きだした。
この壺は、テンの住処になっているのだ。壺がラナマンに帰るなら、彼も帰らなければならない。
「テンちゃん……」
テンは足を進めながらも、チラッとこちらを何度も振り返る。
アイリの隣に立つメメも、きっと同じ気持ちなのだろう。寂しげな表情を浮かべていて、アイリの胸もギュッと切なくなる。
「急ぐのだ」
「ところでバート社長、一つよろしいかしら?」
突然口を開いたエリーナに、バートが足を止める。
「結局、こちらへは何用でいらしたの?」
「……」
「え?」
──それは、あの壺の事では。
キョトンとする一同に対し、バートの目がすうっと不思議な光を帯びていく。
その目の輝きはエリーナではなく、その後ろのレオナルドを、射抜くように見つめていた。
「……大したことではない、自戒を確認しに来たことだ」
「自戒?」
はっきりと見据えられた視線に、レオナルドは当惑し瞳を揺らした。
剣の団、民の盾。ついにクレエールからも、そしてあのマジェラからも、新しく団員を出したというのに。
今年ラナマンから出せたのは、彼ただ一人だ。
それも、分家の中の分家で存在すらろくに知らなかった者。他に出せる者はいなかった。
「そう、これは自戒であること」
出来る事をやり尽くさねば、生まれるのは後悔だけ。
バートは視線を戻すと、再び彼等に背を向け、これ以上なく派手にため息をつく。
「娘よ」
「は、はい!?」
いきなり声をかけられ、アイリは飛び上がる。
バートは息を吸うと、一気に言葉を吐いた。
「……ラナマン家に長く伝わる古文書に、このような書き記しがある。闘神様が他の始祖神と血の王を退治した折、最後のとどめを刺したのはクレエールの始祖、ジョナス様だったと」
「……!!」
その場にいた者達の表情が、一瞬で強張った。
しかし、バートは背中を向けたまま振り返らない。
「もし小生が真実血の王であったなら、真っ先に娘を狙うことだろう。再びの死の恐怖から逃れる、一番の近道だ。厄介な血を受け継いだ、と悟る日も、そう遠くはないだろうことよ」
バートはそう言い捨てると、スプーンを片手に、早足でその場を去っていく。
後にお付きの者も、壺を抱えて主人の後をついていった。バタン、と車の扉が閉じる。
彼のお気に入りの車に、エンジンがかかった。
メメがそっと、アイリの側に寄り添うように近づく。
アイリはその気配を感じながらも、ただただ車が去っていく先を見つめていた。
age 13 is over.
次回予告!
「お兄ちゃん、人形様は?」
「探してくれそうな人を知ってますの」
「やっぱりぃ、バートさんの言葉気にしてるのかな?」
「哀れな人形の持ち主は、いまだに見つかっていません」
「ほったらかしてごべんなさいいい」
次回、age 14!
お人形様は昼笑う!
「役に立たない下僕達よ」
お楽しみに!