第187話 雪崩
「さぁ、行くわよ」
屋根の上。
怖いよぉ、とひくひく泣きだす子供を宥め、エリーナは地上に降りようと手を差し伸ばす。
──あと一回。あと一回で、子供達を全員避難させられる。
なんとか子供を立ち上がらせた。
「ごめんなさいね、お兄さん。すぐ来ますから」
ドゴォオオオオオン!!!!
その時、一際大きな轟音が鳴り響いた。
手応えのある、立派な一撃。
「!!!」
エリーナもナエカも、そして店員もハッとなり屋根の端に駆け寄る。
「やったの??」
「……あ!!」
視線の先。魔人のお腹の部分に、はっきりと亀裂が走っていた。瑠璃色の肌に、模様が入る。
ペキペキと嫌な音と共に、亀裂が広がっていく。
「やった!!」
地上に着地したカリンは、お手柄だとぴょんぴょん飛び跳ね喜ぶ。
その間にも亀裂は速やかに進み、魔人は真っ二つに壊れそうだ。
レオナルドも笑みも浮かべるが、ふと動きを止めた。
「これでよかったん──だよな?」
そういえば、コレってかみさまではなかったのか。かみさまは大丈夫なのか。
少し不安になるレオナルドを他所に、ショウリュウはそっと後ろに退がる。
「おい。あいつ、様子がおかしくないか?」
「え?」
「様子?」
三人が揃って魔人に目を向けると、魔人は衝撃でふらふらしながらも、亀裂の入ったお腹から奇妙な音を響かせている。
ゴロゴロ。ゴロゴロゴロ。
まるで、中で何かが動いているような。物が擦れ合っている音がする。
「な、中になんかあんのかぁ?」
「音がするよ??」
「ヤバイ、逃げるぞ!!」
ショウリュウが逃げようと、魔人に背を向けた──その時。
バッカーーーン!!!!
そして、全てが弾けていく。
お腹がぽっかりと開き、新たな扉が開く。
「わーーー!!!」
「ひゃああああ!!」
なんと、腹の中からこれでもかと物が溢れてきたのだ。
ごんごろごろごろごろごろ。
ごろろろろ。
雪崩のように転がりながら、彼等に向かってくる。三人は追われて、慌てて逃げ出した。
この道はかなり緩やかではあるが、坂道だ。物は転がり、止まらない。
「な、なんだぁ??」
「いっぱいだよぉ!!」
お腹の中から溢れた、あらゆる物。
壺、枯れた草木、土器、石器、煉瓦のような硬い石、破れた巻き物。衣服の一部のような、何か布のような物も見える。
あまりにも古びてはいるが、どう見ても人間の持ち物。一体何故、こんな物が神様と共にあるのか。
だが、そんな事をじっくり考える余裕は無い。
「な、なんやあれ!??」
アイリとジェイがパレスから外に飛び出し、その光景に息を飲む。
こっそりアイリの横に現れたテンとメメも、ハッと顔色を変える。
魔人から物が溢れ出し、三人が必死に逃げだす光景。
アイリは、思わず声を上げる。
「危ない!!!」
硬い物がショウリュウに向かって、大きく宙を舞う。
──その刹那。
ビュッ!!!
走るカリンの真横から、にゅっと白く太長い棒が飛び出していった。
「え?」
見覚えのある形。
柔らかく形を変えながら、飛び散らかった物を次々と巻きつけるようにキャッチしていく。
雪崩れのように転がる落とし物を一つ一つ、丁寧に。
「あれは……」
屋上にいたエリーナとナエカも、繰り広げられる術を呆気に取られながら見守る。
バコッ!!
そして物を集めながら器用に、魔人の顔に先端をぶつけ、魔人を弾き飛ばす。
魔人はゆっくりと倒れてしまった。
ガゴンガゴンガゴン!!
魔人は激しく石畳の通りに叩きつけられ、今度こそ完全に割れてしまった。
弾けきった破片が、通りに散らばっていく。
全てを華麗に集めた白き棒は、そっと物を全て降ろすとその形を縮めていった。
白い、大きなスプーンの形に。
「バートさん……」
バートは鼻を軽くふんっと鳴らすと、スプーンをコツコツと地面にぶつけて音を鳴らした。