第186話 機械
【パレス付近 路地裏】
「やはぁり出ましたなぁ。ギギギ」
「ギャギャギャ」
「ギャギャ」
ひらひらと、いくつかの鱗が地面に舞い落ちる。マンキャストが、見えざる者を引き連れ潜んでいた。
狭い通路で、見えざる者達は口々に不満の声を並べてひしめき合う。場所をめぐって、小競り合いが始まった。
マンキャストが身体の代わりにしている、乗り物の機械。通路のほとんどを占拠し、少し動けば壁にぶつかりそうなほど。
その狭さに、場所を確保しようと手下達は必死だ。
だがマンキャストは意にも介さず、愉快そうに微笑むと、手にしていた書物をポンと軽く叩く。
通路の隙間から覗くのは、あの神。
「たのしい↑でぇすなぁ。小生はテンサイ。ダイクヤがマチをハカイ、ダイクヤをキョウダイがハカイ、ユカイユカイ。ギギギ」
「なるほどね~」
突如何者かの声が響き、マンキャストも周りの見えざる者達も、バッと辺りを見渡す。
「……誰ですかなぁ? ギギギ」
「ルーイの仕業だったんだ。姫にも気づかれないように、壺にどうやったのかは知らないけど、なかなかやるね。──でも」
マンキャストが機械ごと振り返り、見上げたとあるフェンスの上。
高いフェンスの淵に、器用に立つ二人の姿があった。
「あの場にいる皆に分かるくらいに気配出しちゃうのは、失敗だったんじゃないかなぁ」
ブロンドの髪が風になびく。
シキは不敵な笑みを浮かべ、冷たい目で射抜くように見下ろす。隣のヨースラも、ジッと彼等を見下ろした。
「おほほ、これはこれは」
「マンキャスト……」
ヨースラがその名前を呟くと、シキはわずかに首を傾ける。
「ん?……ヨースラくん、知り合い?」
「おほほ、これはシバイヤじゃあありませんかぁな。ひしゃしぶり、ギギ」
見つかったというのに、マンキャストは優雅に名乗り余裕綽々だ。不気味な笑みを浮かべ、鱗だらけの皺をくしゃっと増やす。
シキはふうん、と呟くと服の裾を払った。
「ところでさ、大工屋ってバートさんのことかな?」
そう尋ねると、マンキャストは機械を前に傾けながら頷く。
「ギギ」
「バートさんは大工屋じゃないけどね。チャド・ラナマンの子孫だからそう呼んでるなら、チャド・ラナマンは鍛冶屋さんだと思うけど?」
鍛冶屋と大工は違うでしょ。
付け加えると、マンキャストも周りの見えざる者達も、ポカンと固まる。
「……ホ?」
「あと、ヨースラくんも芝居屋違う」
シキの言葉に、ヨースラもそうですよ〜と頷く。
気まずい沈黙が流れた。
見えざる者達が困惑する中、マンキャストだけが一人で何やら考え込む。
「……」
──この状況は何だ。
かえってオドオドし始める彼等に、シキはふぅ、と息をつく。
「ま、どうでもいいけど」
そう言い放つと、シキはその身体に光を纏わせた。
光に照らされ、影がぐにゃっと形を変えていく。光が静まると、そこには白い獣。
現れた美しい獣の姿に、マンキャストも見えざる者達も驚きガヤガヤと騒ぎ出す。
「ほぉおお!」
「ギャギャギャ!! ギャハハ!!」
特にマンキャストは、現れたシキカイトに目を爛々と輝かせ凝視する。欲しい物が見つかった時の、子供のような瞳。
「ギャルルル!!!」
咆哮を放つシキカイトに合わせてか、ヨースラも身構えキッと彼等を見据えた。
密かにナイフを取り出して構える。
「ここで倒します」
タンッ!!
まだ目を輝かせたままのマンキャストに向かって、シキカイトはフェンスを後ろ足で踏み切り、一気にジャンプした。
綺麗な放物線を描く。
「グルルルルル!!!」
「きましたなぁ!!」
ギギギ。
マンキャストは表情を変えることなく機械を器用に動かし、上半身だけ回すと腕を上げて構える。
「……!!」
その左腕は腕そのものが改造されており、一つの大きな銃に早変わりしていた。
どこに仕込んでいたのか、一瞬での出来事で目では捉えられない。
──前に会った時には無かったはず!
助けようとヨースラが飛び出す前に、銃口が先に火を吹いた。
ダンダンダン!!!
しかし、シキカイトは怯むことなく一直線に突っ込んでいく。
「グルルルルル!!!」
ダンダンダン!!!
ガブッ!!
「なぁんと!!」
シキカイトに一斉に撃ち込まれた銃弾は、グワッと開かれた大きな口で、全て飲み込まれた。
「ギャギャ!!」
乱発された銃弾は、周りの見えざる者に次々とあたり、爆発があちこちで起こる。
シキカイトに銃弾は通用しない。見えざる者達は一斉に怯み、次々と後退りしていく。
シキカイトはそのまま、銃弾を放った左腕に身体ごとしがみつく。
「ギャルルル!!」
「こ、このぉ!!」
左腕がグッと重くなった状況に、流石に焦ったらしい。
マンキャストは左腕を大きく振り回してシキカイトを腕から引き剥がすと、シキカイトに向かい思い切り腕を振り上げる。
ガガン!!!
「ギャン!!」
ぶん殴られ吹き飛ばされたシキカイトを、ヨースラはとっさに右肩を大きく広げ受け止めた。
追い討ちをかけるように、マンキャストが再度銃口をこちらに向けるが、ヨースラが動くのが先だった。
「シッ!!」
シュバッ!!
小さな折り畳みの小刀を、左手で素早く飛ばす。
小刀は、マンキャストが乗る機械の下腹部にある、小さなレバーに見事に命中した。
「お、おお??」
その瞬間、機械の上半身が安定をなくし、マンキャストは乗っている身体ごとぐらぐらと揺れだす。
言うことを聞かない機械。
二人に向いていた方向は違う中途半端な方向で、ガタンと機械が止まってしまう。
「ど、どおうした?」
方向を操作するレバーが壊れ、機械がコントロールを失ってしまったのだ。
グラグラと体を回しながら、マンキャストは悔しそうに顔を歪める。
「……退きますよぉ!!」
「ギャ?」
「ギャギャ?」
素っ頓狂な声をあげる見えざる者達に構わず、シキカイトは強く咆哮し、チャンスだと飛びかかる。
「グルルルァアア!!」
辺りがビリビリと震えた。
すたこらと逃げだすマンキャスト。周りの見えざる者達が、いそいそと機械ごとマンキャストを運ぶ。
「キエエ!!」
機械に身体をぶつけたらしく、悲鳴をあげながら、あっさりとその姿を消してしまった。
シキカイトが飛びかかろうとしたが、後の祭り。
跡には、哀れにも銃弾にやられた見えざる者の残骸が残されただけだった。
間に合わなかった。
シキカイトは光に包まれ、元のシキに姿を戻す。
「はぁ、はぁ」
連日の戦闘で、ダメージが来たらしい。シキは苦痛を浮かべ息を切らしながら、地面に手をつく。
ヨースラはそんなシキに近づくと、そっと手を貸した。
「ごめん、ヨーくん」
「ヨーくん、ですか?」
ポカンとそう返すヨースラに、シキは思わず苦笑したのだった。