第183話 説得
【中央通り】
その存在は、通りの中央に堂々と神々しく立っていた。何かの予言でも、民に告げるかのように。
瑠璃色のざらざらした肌が、太陽の光に当たりキラキラと輝きを放つ。
「みなさん、こちらです!!」
「みんな、多分危ないよ~! 離れてね~!」
ヨースラとカリンの呼びかけに応じ、街の人々は我先にと次々に逃げ出す。絶叫の声の波が辺りを駆け抜けた。
「な、なんだよこれ、でっか!!」
レオナルドは、遥か上を見上げながら絶句する。
身長だけなら、パレスといい勝負かもしれない。先程からピクリとも動かないが、歩き出した時の被害を想像すると恐ろしい。
その無表情がなんとも不気味だ。無機質な目に射抜かれたような感覚を覚え、ナエカは身震いした。
「ご苦労様です!!」
シティー中央署の警部、と名乗る男は警官を引き連れ、団員達に向かって敬礼した。
「街の人々の避難状況は?」
「この辺りは大体完了しました。でも、あの建物にまだ人が……」
エリーナの問いかけに、警部はある建物を指し示す。
そこは、魔人から近い所に建つアパートメントだった。
──その屋上。
「誰かいる!!」
ナエカが驚きの声を上げた。
この街では珍しい、平べったい広い屋根の上。
その屋根の上に、魔人を見上げる何人かの子供の姿。そして彼等の側にいる、一人の若い男性。
子供達は事態を飲み込めていないのか、それともただ怖いもの知らずなのか、無邪気にはしゃいでいるようだ。魔人の方をしきりに指差し、逃げようとしない。
そんな子供達を、早く逃げようと男性が説得しているように見える。アパートメントの入り口で、警官も大騒ぎだ。
「ん?」
レオナルドはグッと背伸びして、目を凝らして見て、何かを見つけた。
「おい、ナエカ。見ろよ、あの人!」
「あの人?」
「よく見ろって!」
車輪を底につけたおぼつかない足で、必死に背伸びする。
ついにナエカも気付いて、顔色を変えた。
「あの人、エコンテのお兄さん!」
「なんで、あんなとこにいるんだぁ?」
子供達を説得していたのは、喫茶店エコンテの店員だったのだ。あの高い背と派手な銀色の髪は、こんな下から見上げても目立つ。
どうやら、説得は難航しているようだ。
「中に入れないのですか?」
「それが、入り口があそこしか無いようなのですが、扉が開かないのですよ」
扉の内側にあった何かしらが崩れて、扉を塞いでいるのでは、という。あの魔人が降り立った際の、衝撃のせいだろう。
それを聞いて、エリーナがフッと微笑む。
「上から行った方が早そうね」
そう呟き、エリーナが軽くストレッチをした時。
ギギギギギ。
何かが擦れるような音を響かせ、魔人の首だけがゆっくりゆっくりと回り出す。
「動いた!!」
団員達も、警官達も息を呑む。周囲もどよめきに包まれた。
視線の先は、例のアパートメント。何の色もない無機質な表情が向けられる。
魔人は首を回しただけで、すぐに動きを止めた。フクロウのごとく。
とりあえず胸を撫で下ろした一同だが、緊張感が辺りを包む。
「ぶっ壊さねーの? また動くぞ」
「……そうしたいところだけどね」
ショウリュウの問いかけに、エリーナは声を固くする。
「一体何ということか、これは」
いつの間に外に出てきたのだろう、バートがすぐ真後ろに現れ、レオナルドは驚いて後退りした。
「バートさん、あれは一体? あの壺に似ているようですけれど、ご存知ないかしら」
「我が輩にも分からぬこと。だが、あの壺が呼び寄せたことに間違いは無いだろう」
冷静なバートがかえって恐ろしく、一同は目を見合わせる。
「あの姿を見たことは?」
「ない」
シキの問いにあっさり答える。長年壺を知っているバートですら、初めて見るその姿。
「先程、僅かに動いたようだが」
今のところ、動き出す気配はない。
「バートさん、何とか出来ないんすか?」
「見たことがないものをどうにかすることなど、元より出来ぬことよ」
壺を持ち込んだ本人だろうに、なんとも呑気な。
エリーナはとにかく、と前置きし再び構えた。
「上にいる人達を助けましょう、早くしなきゃ」
『──おーい、ちょっとええか?』
突如ジェイの声が頭に響き、皆が目を見開く。
「ジェイジー?」
「どうしたの、ジェイ」
『アイリちゃんからの伝言や。あのかみさま、ぶっ壊してええんやと』
「……え?」