第179話 意味
これは、どういうことだろう。
「娘よ、どうしたことか」
「え、えっと」
茫然とし、固まっていたアイリ。バートに声をかけられ、現実に戻された。
未だに抱き合ったままの、幽霊二人。
チラッチラッと視線を送ると、少女の方がアイリに気が付き、クルッと向き直った。
瞳を涙で潤ませながらも、サッと笑顔で少年を手で指し示す。アイリに、少年を紹介しているのだ。
「……知り合い?」
小声でそう尋ねると、少女は何度も頷く。
少年も、そこでアイリの視線に気付いたらしい。何で分かってるんだぁ、と言わんばかりに、首を傾げた。
誇らしげに紹介する少女の様子に、気恥ずかしくなったのか、頬を染めて照れてしまう。
「はっきりすることだ、娘。何かいるのか、いないのか」
尚も詰問してくるバートに、アイリは意を決して口を開いた。
「私と同い年くらいの、男の子の幽霊さんがいます」
「おお!!」
そう告げた瞬間、周りは大いに盛り上がった。だが、幽霊二人はギョッとしたように固まり、目を大きく見開く。
石のように、硬直してしまった。
……あれ?
アイリは二人の様子に、まずかったのか、と目をパチパチさせた。
周りは、アイリの言葉にどよめきを隠せない。特にバートは、興奮気味にアイリに詰め寄る。
「そうであることか、闘神様か!?」
「ほえ」
アイリは助けを求め、再び二人に視線を送る。二人は慌てた様子で、必死にジェスチャーを始めた。
頭の上で手を交差させたり。口元に曲げた指を持ってきて、なぞるように右から左に動かしたり。必死に、アイリに何かを訴え続けている。
……それは分かるのだが、生憎アイリには、その仕草の意味がさっぱり分からない。
チャドさんじゃないの?
それとも、チャドさんなの?
考えたところで、会話が出来ないのだから分からない。アイリは悩んだ末に、こう答えた。
「かなり前の時代の人みたいです。でも、チャドさんの顔が分からないから、この子がチャド・ラナマンかどうか」
「あぁ、そうであったな」
写真なぞも無いし。
バートは辺りを歩き回りながら、ブツブツ悔しそうに呟く。
「聞けばいいんじゃないかな?」
「ほえ」
シキの言葉に、アイリは振り返った。シキはいつもの飄々とした表情のまま、優雅な笑みを浮かべている。
その隣のショウリュウは、何故か硬い表情を崩さない。
「聞いてみればいい」
確かにそうだ、と思い直したアイリは、二人の前にゆっくりとしゃがみこむ。二人の目を、じっと見つめる。
「……チャド・ラナマンさんなの?」
近すぎて、チカチカするほど。二人を凝視しながらはっきりと尋ねると、二人は慌てながら再びジェスチャーを始める。
先程より大振りに、大胆に。
やはり、意味が分からない。死んでから長い年月が経った幽霊は、アイリであっても声が届かないのだ。
……聞いちゃダメってこと?
口の形で、ダメかとこっそり尋ねると、少女の方がコクコクとはっかり頷く。
やはり、チャド・ラナマンなのだろうか。知られたら、大変なことになるのか。
「なんと言っている?」
バートが重ねて尋ねてくるので、アイリはどうしたものかと思い悩む。
全員の注目が、アイリに向いた。
「……ごめんなさい、答えてくれません」
「何ということか!」
バートが嘆きの声をあげる中、幽霊二人は胸を撫で下ろしたように、ホッとした表情になった。
ジェイは笑いを堪えきれないといった様子で、大袈裟に口元を抑える。
「残念やったな」
「もし悪しき幽霊であれば、このバートは闘神様にも、ご先祖様にも──」
「あ、そんな悪い幽霊さんじゃないと思いますよ」
大丈夫。
アイリの言葉に同調するかのように、幽霊二人もコクコクと頷く。首がもげそうなほど。
アイリには、彼等が悪さをするような悪い幽霊には、とても見えなかった。
「本当のこと、であろうな」
バートにジトッとした視線で睨まれ、アイリは引き攣った笑みで返す。
そんなアイリの反応に、バートは僅かに嘆息した。
「まぁ、それならばまだよいこと。我輩はパレスの裏に用がある。娘は壺、いや、その幽霊の様子を見ておくことだ」
「は、はい」
そう告げると、バートはさっさと大広間から出て行ってしまった。
お付きの人も、早い足取りのバートに慌ててついていく。
「お、お待ちを。これ忘れてますって、お待ちを~!」
あとには壺と、幽霊二人だけが残される。そして、ポカンと立ち尽くす団員達。
「……相変わらず偉そうな奴」
「そうみたいだね。でも、坊やに言われたくはないんじゃないかな」
後ろでショウリュウとシキが争いを繰り広げる中、アイリは幽霊達の元に歩み寄る。
二人はアイリに気がつくと、朗らかな笑顔を向けた。
ありがとう、の意味なのかもしれない。