第17話 団員
【ミツナ通り】
【カフェ ラメルティ】
「ん~~、おいし~~!」
「うんめぇ~!」
パレスの近くの広場からのびた道の、少し歩いた先にある老舗のカフェ。
そこでアイリ、ナエカ、レオナルドは美味しいスイーツに舌鼓をうっていた。
ザンデリという、そのスイーツ。スチという麦の粉から作られたモチモチした生地を揚げ、濃厚なクリームと、細かく刻んだあらゆるフルーツをサンドした。テイクンシティーの昔からある、伝統スイーツだ。
この店では、輪切りにして砂糖漬けにした甘酸っぱいキトリを乗せ、上からハチミツのソースをかけている。
生地は外はサクサク、中はモチモチ食感。名物スイーツを目当てに、店は大いに賑わっていた。
何か食べておいで、と言われ外に出た三人。レオナルドの甘い物が食べたい、というリクエストに、ナエカが連れて来たのがこの店だ。
「これこれ、これが食べたかったんだよ~!」
いっぱいに頬張りながら、感慨深く呟く。レオナルドの言葉に、ナエカはホットチョコレートが注がれたカップを片手に、首を傾げる。
「レオはザンデリ、食べたことないの?」
「テイクンシティーには何回か来たことがあるけど、食べたことがなくてさ。ここの店のザンデリがおいしいって聞いてたから、ずっと来たかったんだよな~」
そうなんだ、と相槌を打つナエカを、アイリはジッと見つめる。
先程まで、アイリや先輩達にビクビクしていたが、レオナルドにはあまりそういう素振りは見せない。
いつのまにどうやって仲良くなったのだろうかと、不思議だった。
「アイリは食べたことある……わけないか」
そうレオナルドに言われ、アイリは苦笑いで、ザンデリにフォークを突き刺す。
なにせアイリは注文の仕方すら分からず、ザンデリが来るまで、メニューを不思議そうに眺めていたのだ。
挙げ句、メニューに書かれている文字を二人に質問攻めしていた。
「聞いたこともないんだ、でもすっごくおいしいね。この赤いの何だろう?」
「ドライチェリーだよ、マジか!!」
レオナルドの驚く声を他所に、ナエカは突然、フォークを持っていた手を止めて視線を落とす。
「どうした?」
「……エリーナさんに会いたかったな」
しゅんとなり、落ち込んでいるナエカのその言葉を、レオナルドがアハハ、と豪快に笑い飛ばす。
「元気だせって! これから散々会うことになるっしょ、いくらでも会えんじゃん」
「まぁ、そうなんだけど」
エリーナ、先程カリンさんが口に出していた名前ではなかろうか。
「さっきいなかったみたいだけど、エリーナさんってどういう人? その人も団員なんだよね?」
気になって、なんとなく口にした質問。だが、レオナルドもナエカも手にしていたフォークの動きを止め、あんぐりと口を開けて呆然とこちらを見つめた。
その反応に、かえってアイリが驚いてしまう。
「な、なに?」
「いやぁ、アイリ。お前、ほんっとーに何も知らないで来たんだなぁ……」
「羨ましい、逆に」
レオナルドは呆れ、ナエカに至っては苦虫潰したような表情で、恨みがましく呟く。
「そんな顔しないでよおぉ!!」
「だってアイリ、エリーナさんは今の剣の団の団長だぜ?」
アイリはその言葉に目をパチパチと見開く。
「そうなの?」
団長って、もしかして団で一番偉い人? 村長って言うもんね。偉い人だ。
「そ、う、だ、よ! 今の団の最年長で、42代目の団長さんだよ!! ちなみに、ジェイジーが副団長さんなんだぞ」
「フク、フク団長?」
「二番目に偉いの!!」
「へぇ」
アイリは、自分に向けてくれた人の良い顔を思い出す。
あの人、二番目に偉いんだ……。
「カリンさんと、ジェイジーと、ルノさんが同い年なんだ。エリーナさんが一人歳が離れててさ、それで団長になったんだぜ」
突然、レオナルドが席から少し身を起こして声をひそめる。
「ここだけの話、エリーナ団長には二つの能力があるって噂だぜ」
「二つも?」
「本当らしい、過去に何人かそういう人もいたんだってよ」
そこからレオナルドは、他の団員の話もしてくれた。
カリンは幼い頃に、その能力と可愛らしさでかなりの有名人だったらしい。タレントとして、雑誌やテレビでも引っ張りだこだったとか。
「アイリ、テレビは?」
「見たことない」
「あー、まあいいや。それが突然話を聞かなくなって、そしたらいつの間にか団員になってたんだ」
エリーナ団長は、元々サーカスにいたのだそう。それを活かしてか、芸者としても活動している。
「サーカスって?」
「えっとな~、見世物小屋みたいなもんだよ。お客さんに色んな芸とか見せるやつ」
レオナルドが必死になって考えた説明に、アイリはなんとなく納得したようだ。
「あぁ、小さい時に読んだ本に絵があったの。かわいいよねぇ」
アイリは分かったような顔で、ホクホクと微笑む。
──この子の想像してるサーカス、絶対にちげぇ!!
レオナルドはカクッと項垂れた。ダメだ、説明は諦めた。
「あとはルノさんか。ルノさんは何というか、エースって感じだな。すっげぇ強いらしいぞ」
「エース……」
強い人のことを、そう呼ぶのか。
アイリの脳裏には、並木道でジッとこちらを見てきたあの瞳が浮かぶ。
「ただなぁ、ルノさんは正直よく分からないんだよ。物静かで、喋ってるのあまり見たことないし」
更に驚くことに、ジェイとルノは従兄弟同士だという。
そもそも始祖の親族で構成された剣の団では、たまにある事だが。
「二人ともヘイズの一族の人で、同じ学習舎の出身なんだって。それで、団に入る前から仲が良いってさ。ただ、二人とも本家とは遠い家の人で、血はそんな濃くないらしい」
すらすら語られるレオナルドの話に、隣に座るナエカは、涼しい顔でホットチョコレートをすすっている。とうに知られている話なのだろう。
アイリは、思わず冷や汗を流す。
「そっか。じゃあ、従兄弟同士で一緒に入団したってこと?」
そういうこと。
──そう答えると思っていたのに、レオナルドもナエカも食べていた手を止めた。
口に出すのをためらっているのか、二人とも目が少し泳いでいる。
「違うよ」
ようやくナエカが口を開いた。しかし、すぐに口籠もる。
「ルノさんは、なんていうか……」
レオナルドがその先を続けた。
「ルノさんはな、唯一の50期生なんだよ。入る時に色々あってさ……結局、ルノさんしか入らなかったんだ」