第177話 壺
その壺は優しい曲線で、底のすぼんだ古風な形をしていた。美しい瑠璃色が目を引く。
「美しいね」
ところどころで剥き出しになった、ざらざらした土の質感。
流水をイメージしているのか、流れるような模様に僅かに添えられた金彩色が見事だ。
壺の中央には、やや不自然にも見える花弁のような模様。まるで壺から浮かび上がっているかのように、歪な存在感を放つ。
皆が興味津々で、マジマジとその壺を見つめた。
「この壺は?」
「我がラナマン家に、古くからある壺であることよ。元々は曾祖母が所持していた物、とのこと。昨日の夜遅くに、乳母が娘と廊下に出ると」
急にバートの言葉が途切れた。皆がゴクリと喉を鳴らし、話の続きを待つ。
「この壺が、勝手に音を立て動いていたのだという」
「ヒッ」
案の定、ナエカはその話に縮み上がり、ソファーの後ろに隠れてしまう。
夜遅くに、勝手に動き出す壺。
ナエカだけでなく、他の皆も仰天して後退りする。
「マジかよ!」
「そりゃまた、オカルトな」
「うーん……」
皆が怯える中、ヨースラが臆する事なく壺に近づく。つんつん、と壺をつついてみた。
「でも、今は動いてないですね」
「そのようである。だがここに持ってくる時も、一度音を立てたことだ。まるで意思を持つように、な」
まだ動くと知り、皆の表情が変わる。パッと壺から更に距離をとった。
「壺自身が、何かこちらに訴えかけていることであるか」
「壺が訴えている、か」
まだ幼いバートの娘が最初に気が付いたが、すっかり怯えてしまい、家の者が必死にあやしているそうだ。
幼い赤ん坊は、本能で何かを察したのだろう。
アイリは、とある考えが胸をかすめ考えこむ。
「……物が勝手に動く?」
──それって、お人形様みたい。どうして?
ここにもいたのだ、勝手に動くものが。
バートはポケットから布を取り出すと、丁寧に壺を動かして向きを変えた。
「ここを見るのだ」
バートが指し示したのは、あの花弁のような模様だった。中央に輝く模様。
紅色で浮かび上がったそれは、壺の模様や雰囲気と合わせても、やはりどこか違和感がある。
「花びら、か?」
「しずくかもしれないね」
「葉っぱかなぁ? ウフッ」
「いや、花びらちゃうか。せやけど、一枚だけやなんて変な模様やで。色も変やし」
皆が思い思いに感想を述べる。いずれにせよ、奇妙な模様である事に変わりはない。
バートは深妙な表情のまま、口を開く。
「この壺は、我輩が生を受けるより前に家にある物よ。しかし、我輩の記憶が正しければ、幼き頃にこのような模様などなかったことだ」
「え!?」
皆が驚いて壺を見返す。
では、後からいつの間にか浮かび上がった模様、ということか。
「じゃあ、いつからこの模様が現れたのかしら?」
「二年ほど前だろうか」
「最近じゃん!!」
一同は思わずずっこける。だがそれは確実に、恐ろしい不気味さを突きつけてきた。
唯一、ナエカは顔を真っ青に染めている。
「え……勝手に模様が出てきたってこと?」
勝手に動く壺、そして後から勝手に浮かび上がった模様。
明らかに、ただの壺ではない。
「壺が自分で動いて、模様をつけて?」
「んなわけねーだろ」
ショウリュウはそう返すが、歯切れが悪い。
自分達は既に、血の力という不可思議な力を得てしまっているのだ。不可解な事も非現実的な事も、この国には溢れている。
「誰かの悪戯だったりしないのかしら。ほら、屋敷のお付きの方とか」
冷静にそう呟くエリーナに、バートも肯く。
「無論、その可能性もあることだ。だが我輩としては、別の可能性を考えている。だからここに参ったことだ」
そして、鋭い目で再びアイリの方を見やる。
「我輩はこの壺に、我がラナマンの始祖、チャド・ラナマンの霊が宿っていると考えている」