第176話 当主
「ラナマンの当主さん……?」
唖然とする一同の目の前。腰掛けているバートは、優雅にドナが持ってきた紅茶をすする。
ファサッと降りる長い前髪が邪魔をし、鬱陶しそうにかきあげた。
彼のそばには、あの大きなスプーンが放置されている。
「バート様、足をお戻しください足を」
「ん? おかしいだろうか」
「おかしいと思ってください!! 頼むから!!」
お付きの者に注意され、バートはふてくされながらも足を戻す。
バート・ラナマン。
太陽の始祖の一人、チャド・ラナマンの直系の末裔であり、ラナマン家の現当主である。
ラナマンの一族を束ねる、血を引き継ぐ長。
現在は古美術商となっており、かなりの財産を築いていた。
「ここも、随分も様変わりしたことだ。人も増えた」
「えぇ、そうですわね」
周りの団員達が戸惑う中、エリーナが顔を引きつらせながら返す。
バートは身体ごとパッと振り返り、視線を送る。そこには後ろで一人立ったまま、バツの悪そうな表情を浮かべるショウリュウがいた。
「リの若君、先日の会合ぶりであるな」
「カイゴウ?」
アイリは首をひねるが、他の団員達は驚いて一様に目を見開く。
「会合って」
「まさか」
ショウリュウは呟くようにああ、とそっけなく返事をする。その顔はどこか固い。
アイリは気になり、身を乗りだしてバートに尋ねる。
「あの、バートさん。カイゴウって?」
「ん、何を分からぬことがあるか。我等、始祖の血を受け継ぎし一族、その当主の集まりに決まっていることだ」
「当主の集まり……!!」
アイリは息を呑み、ショウリュウに駆け寄った。
「ショ、ショウリュウ!! ショウリュウって、当主さんなの!?」
──オールブライトの当主。
アイリにはっきりと尋ねられ、ショウリュウは気まずそうに目線を逸らす。
「なんだ、知らぬことか?」
バートがキョトンと口を出し、皆が絶句した。アイリも呆然とショウリュウを見つめる。
長老様と同じくらい、偉い人だったなんて。
「リュウちゃんなの? お父さんでも、お母さんでもなくて?」
「……そうだよ」
カリンに重ねて尋ねられ、ショウリュウは躊躇いながらも渋々口を開く。だが、そのまま黙り込んでしまう。
そんなショウリュウの様子に、ジェイは一人ニヤリと笑みを浮かべた。
──ははーん。だから、遅れるとか言いだしよったんやな。
「あーあ、知られちゃったか」
シキとしては、面白くない。
この情報は、ワーニャさんから貰ったとっておき。そのとっておきが、あっさり共有されてしまった。
一族の長がまさか、見えざる者を倒す前線にいたのだ。後継者であるアイリが在籍することですら、とんでもないことだというのに。
「で、でもよ、当主がここにいていいのかよ!? 当主が国を離れるって、ヤバイんじゃ」
「それは…」
「関係ないことだ」
レオナルドの当然の疑問に、ショウリュウが口を開こうとした時、 バートが割って入った。
「リ家もアッカーソンと同じ、殆ど瓦解したようなもの。当主なのだから、どうするのかも全て若君次第のことだ。問題などない」
そう断言したバートの言葉に、皆は落ち着きを取り戻した。
「そっか、家がもう」
「そうだったんですね……」
アイリはそんな一同の様子の中、一人考えこむ。
ガカイって、どういう意味だろう。家はもうないってこと?
以前、両親は砂漠で行方不明になったと話していた。それで、ショウリュウが当主の座を継いだのだろう。
だが何故わざわざ国を離れ、ここにいる?シリュウだってそうだ。それに、何故姉のシリュウが後継ではない?
てっきり、あの姉弟は自立の為にこの国に来たと思っていたが、複雑な事情がありそうだ。
「それで、社長。今日はわざわざ、どうなさいましたの?」
エリーナのその言葉に、バートは足を組み直す。
「そうであった、忘れぬうちにな」
そして、はっきりとアイリを見据える。どこか観察しているような目だ。
目に射抜かれたように、アイリは体をビクッと強張らせる。
「そちらの君だな、クレエールの娘というのは」
「は、はい」
アイリは動揺しながらも、頷く。
「そちらに、用があって参った」
バートは鬱陶しそうに前髪を払うと、再びお付きの者を手招きして呼び出し、机の上に大きな箱を置いた。
いかにも年代物の古びた箱の蓋を、お付きの物をが丁寧に開けていく。
箱から現れたのは、パックリと口の開いた瑠璃色の大きな古い壺だった。