表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
174/327

第173話 戸棚

【テイクン クスル地方】


【とある古い邸宅】



時刻は、誰も目を覚さない筈の深夜。



辺りが暗闇に包まれる中、灯りがぼおっと廊下を照らす。


月が丸い姿で昇り、空に輝いていた。こぼれた僅かな光だけが、おしとやかに窓から射す。どこからか虫が鳴いていたのだが、その存在がこちらに届くことはない。


増築に増築を重ねた、まるで迷路のような屋敷。寄木細工を敷き詰めた床。灯りに照らされた床に、動く影が差す。



「びえええええ!!!」



狭く暗い廊下に響き渡る、まだ小さな赤ん坊の泣き声。なかなか泣き止まない赤ん坊に、赤ん坊を抱き抱えるその女性は、途方にくれていた。



「びえええええ!!!」



「はいはい、ニアラお嬢様。どうか、お気を静めてくださいませ。ほぉら、今日は月がこんなに綺麗ですのよ」



「びぃやあああああ!!!!」



背中をトントンと軽く叩き宥めても、赤ん坊は一向に泣き止まない。もう遅い時刻だというのに、赤ん坊はなかなか寝付かなかった。


今日は、一段と機嫌が悪い。


女性はどうしたものか、と困惑しながら、更に廊下の奥に進んだ。



「びぃやああああああ!!!」



「お、お嬢様」



気晴らしにと部屋に外に出てみたが、失敗だったかもしれない。廊下の灯りで、余計に目を覚ましてしまったかも。


ずっと元気に泣き叫んでいた赤ん坊だったが、その泣き声が突如ピタリと止まった。



「……!!」



「……お嬢様?」



黙り込んでしまう、赤ん坊。あまりに突然だった為に、女性は気になり赤ん坊の顔を覗き込む。


──泣き止んだだけかしら?


赤ん坊はどこか驚いた表情、いやむしろ恐怖に満ちた表情を浮かべていた。


顔を引きつらせている。



「どうなさいました?」



赤ん坊は声に気付き、ひくっと僅かに身じろぎした。視線は、ある方向にはっきりと向けられている。


誰かいるのか。



「あそこに何かあるのですか、お嬢様」



女性は気になり、その方向に足を踏みだす。


赤ん坊はやはり怖いのか、女性の服をギュッと掴み離さない。何も分からない幼子が、本気で怖がっている。



──もしや、見えざる者か。いやまさか、こんな田舎に。



女性は一瞬そう考え、足を止めた。だがそれが事実なら尚更、主人に伝えなければならない。


主人は、見えざる者に精通している方なのだから。



ごくり。



女性は唾を飲み込んで勇気を出し、もう一度歩き出した。廊下がギシギシと鳴る。


そして、廊下の突き当たりに辿り着く。


だがそのような気配は無く、ほっと胸を撫で下ろす。お嬢様は、どんな存在の気配を感じとったのだろう。



「ニアラ様、何もなさそうですよ?」



そう赤ん坊に問いかけるが、赤ん坊は恐怖を顔に貼り付けて、頬を強張らせたままだ。


やはり、何かあるのだろうか。



「ん……?」



カタカタカタカタ。



突き当たりには、古い戸棚があった。鳥の模様の透かし彫りが施された、主人のお気に入り。


そこから、小さくも奇妙な物音が聞こえてくる。存在を知らせる、何かの動く音。



「何の音かしら?」



何か、動物でも潜んでいるのか。女性は身を屈め、戸棚の中を覗き込む。


グラス、オーナメント、オルゴール、どこかの石。主人が自慢する、ありとあらゆる古い貯蔵品が飾られている。


そろそろ整理して欲しい、と奥様がぼやいていた。


首をかしげ、戸棚にそっと近付く。



カタカタカタカタ。



「……ひっ!!」



カタカタカタカタカタカタ。



「……ひぃいいいい!!!」



戸棚から聴こえてきた、その音。



「ひえええええ!!!」



音の正体に気付き、女性は赤ん坊を抱えたまま、必死の形相で廊下を駆けて行くのだった。



その存在は、確かにそこにあったのだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ