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第170話 右手

「奥の手?」



勢いを取り戻し、声を張り上げるセロマだったが、ジェイの反応は冷ややかだった。



「奥の手、言うてみいや」



全く怯まず、セロマの方がたじろぐ。それでも気を取り直し、ジェイに向き直った。



「忘れてるんじゃないかな。こいつがここにきちんと来るように、教会の……」



「あぁ、それかいな」



すぐに察したジェイの目の、冷たい光が増す。奥の手、とは、人質にした教会の人達のことだったらしい。



「あれ、誰か分かるやろ?」



「え?」



ジェイが、顎で指し示した方角。その先にいたのは、アイリ達だった。アイリ達がセロマの視線に気付き、何故かアイリがお辞儀する。


当然、セロマも知っている顔だ。あれは今年入ったばかりの、新入り達。港に駆けつけたのは、ジェイだけではなかったらしい。


ようやくジェイの言葉の意味を察したのだろう、セロマの顔が引きつっていく。



「まさか……」



「俺がここに来る前に、あの子らがとっくに教会の人ら見つけとるで」



だからこそ、ルノも全力で攻撃を放ったのだ。


ルノ相手に楽しんでいたセロマには、逃げられたと報告に入ろうとした、手下の存在は気付かなかったらしい。


──折角、捕らえたのに。顔色が青を通り越し、白になっていくセロマ。


それでも、切り札はまだある。ある事を思い出し、もう一度顔を上げる。



「だが、甘いんじゃないかい? ルノがボクに牙を向いた瞬間は、ちゃーんとカメラに」



「カメラ?……どこや?」



「え?」



ジェイにつられてグルリと見渡すが、辺りはすっかり開けて、陽の光が射している。先程の攻撃で、壁はあえなく崩壊したまま。


セロマはそこで、カメラを壁に取り付けていた事を思い出した。カメラの運命は、最早見えている。


──馬鹿な、追い詰めたはずだったのに。最早、目の前に不幸を呼ぶ鬼でも現れたかのよう。



「何でだよ、あの状況から何故こんなことになる? あんなダイヤ、一体いつから……」



「せやな。あれどないしたん、いつからや?」



その答えは持っていないジェイは、ルノに尋ねる。ルノはふらつきながらも、僅かに体を起こした。



「……ここに来てから」



「来てからすぐか?」



ルノはコクリと、目で頷く。


セロマには、言葉の意味が一瞬理解出来なかった。


──ここに連れてこられた時から、ずっとあのダイヤを造り上げていたのか。少しずつ、少しずつ、悟られないように力を送って。


確かにあの一瞬で、あれ程の大きなダイヤを造ったというのは無理がある。


しかし。



「キミはずっと、ボクと相対していたじゃないか。ダイヤだって頻繁に出していた、そんな事出来るわけが」



セロマが全てを言い切る前に、ルノはスッと右手を掲げて見せる。



「……!!」



袖がずれ落ちて露わになった右腕には、紫の斑点が浮かび上がっていた。


その姿に、セロマだけでなくジェイもハッとなった。様変わりした腕に、アイリ達も言葉を失う。


それだけではない。


見えない程の小さな小さなダイヤが、行き場を無くしたように周りを漂う。キラキラと輝く、ダイヤの黒い輝き。



「ま、まさか……! ボクと左手で相対しながら、右手でずっとあのダイヤを?」



ずっと目の前で相対している間、ルノが使っていたのは左手だった。思えば、ミライアムの時も。


右手でも能力を使えるのか。両方の手で、同時に能力を使うなどという事が出来たのか。


それもあれほど器用に、相手にバレないように使いこなして。


あまりのことに、セロマは全身を震えさせた。



「……最初からそのつもりだったのか?」



あの力で倉庫を破壊しようにも、ジェイや教会の人達が人質になっていれば攻撃出来ない。人質の彼等が、攻撃の巻き添えになる。


それでも、あのダイヤを造り続けたのは。



「そこのキミが戻ることを信じて!!……ずっとダイヤを造って、反撃を企んでたってことかい!?」



「……信じたんじゃない」



僅かではあるが、ルノの体に力が戻る。



「ジェイなら、あそこから抜け出してここにやって来ると」



目の光が増し、冷たい眼光がセロマを真っ直ぐ見据えた。



「……知ってた」



その場がシンと静まりかえる。


それを壊したのは、そない言われたら照れるやんか〜という、ジェイの明るい返しだった。


なのにこんなに遅いなんて、と言わんばかりに、ルノはジトッとした目でジェイを睨む。ジェイは宥めるように、笑顔で返す。


セロマはもう、言葉も無かった。



「ごめんて。あ、せやせや」



固まるセロマを前に、ジェイはニッコリと意味深に口角を上げる。



「あんたは、ルノに会いたかったんやろ?」



「あ?」



事実ではあるが、唐突にそんな事を言われ動揺する。


一体、何が言いたい。



「こっちにもな、あんたに会いたかったって子がおるねん」



「はぁ? おい、何を」



「ええで〜」



どこか気の抜けたジェイの呼び方に、彼女は颯爽と動いた。


見守っていたアイリの横から、スッと立ち上りセロマに近づいていく。只ならぬ雰囲気に、アイリ達は慄いて顔を石にする。



「は〜い、下衆」



一歩、また一歩。口調こそ軽いが、その目は穏やかではなかった。


徐々にセロマに近づき、その顔が明るい光に照らされ露わになる。



「……!!」



最初は不快そうな目をしたセロマだったが、その顔にすぐに気付いた。


表情はみるみる恐怖の色に染め、口をパクパクと動かす。


声も出さずに、まるでヘビの群れに迷い込んだカエルのよう。



「お久しぶり〜、覚えてたのぉ? あ、た、し、の、こ、と」



「あ……あ……」



「会えてよかったわぁ、ちょっとあたしとも遊んでくれるわよねーぇ?」



そいつとも、散々遊んだんだからさぁ。


セロマを見下ろし、歯を覗かせ笑うベル。セロマだけでなく、アイリ達もその恐ろしさに後退りした。


ぼやけていく視界に映る彼女の姿に、ルノもようやく気付く。


……何で、ここに。



「あいつに復讐に来たんですってぇね。分かる分かるー。それなら、あたしもやったってぇ、いいんじゃなーい??」



「ひぃい!!!」



そして、ベルは勢いよく手に持つ書物のページをめくった。


その瞳が、ギラギラと輝く。



「ナヒラワヤナヒラヤサダラダンカン!!」



「ぎゃああああああああああ!!!!!」



断末魔のようなセロマ叫びが、空に向かって高らかに響く。



──これもまた、復讐なのか。



「ルノ!!」



ジェイが必死にこちらに呼びかける声が、少しずつ遠くなっていくのを感じながら、ルノは意識を失った。



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