第16話 密談
【三階 308番の部屋】
「しっかし、驚いたわぁ……」
──パレス、三階のとある一室。そこにルノ、ジェイ、カリンの三人の姿があった。
この部屋は、先代の団長が使っていた部屋だ。
団からいなくなった今でも、何故かそのままに残された。居心地がいいので、後輩である彼等がよく集まっている。勝手に。
コーヒーカップから温かな湯気が立ちのぼり、香ばしい香りが鼻をくすぐった。
「責任重大やで」
ジェイは先程の話を思い出して、またも息を吐きだす。ソファーにどかっと腰掛けると、コーヒーカップをカリンから受け取った。
リボンが巻かれたクッションが、衝撃でソファーから落ちそうになるのを、ルノが慌てて受け止める。
コーヒーは、カリンが持ち込んできたお気に入りだ。わざわざ、馴染みの喫茶店から取り寄せた逸品。
「本家の子が来たってだけでも驚きやのに、まさかのクレエールの子やからな」
「ルノちゃんってば、私達より先に会っちゃうなんて~。ウフッ」
ニマニマと笑みを浮かべながら、からかってくる。わざとらしく視線を送るカリンに、ルノは少々怒ったようでプイッと顔を背ける。
「うるさい」
「ウフフ」
折角救ったクッションを、ポンとソファーに放り投げる。ぐるぐると不器用に巻かれたリボンは、カリンの悪趣味だ。
「かわいいよねぇ、かわいいよねぇ、みんないい子みたいだし。ねぇねぇ、エリーナさんが聞いたら何て言うんだろー。なんて言う?」
子供のように目を輝かせながらクッションを撫でていたカリンだが、その目に一瞬で影が刺す。
それに気付き、他の二人もカリンに目を向けた。
「どないしてん」
「さっきのアイリちゃんの話、本当なのかなぁ」
「……」
壁を背に立ったまま、じっと黙り込むルノ。
アイリは皆の前で、はっきりとこう告げた。
「長老の占いで、血の王が復活したとおしるしが出たと。星が重なったのです」
「団に入り、真実をまことに見極め、未来を変えなさいと。長老様はそう仰いました」
──この世で最も大きな体躯を持ち、この世に滅亡をもたらそうとした魔物。
剣の団の役目を思えば、倒さないわけにはない。分かってはいても、途方もない話だ。
剣の団が成立してから50年以上、誰も遭遇していないというのに。
しかし、このままこの世が滅んでしまったら。
「ホントに、復活しちゃったのかな。これからどうなっちゃうんだろ」
「──俺は、占いには詳しないけど」
カリンの言葉に、ジェイはソファーからどかっと立ち上がる。
「あのクレエールが、わざわざ後継のあの子をここに送り込んできたってことは、結果にかなりの自信があってのことやろうと思っとる」
その言葉に、カリンは目を伏せた。当然、カリンも感じていたことだ。
ルノは……やはり、何も口に出さない。
「クレエールの長老様の占いって……」
「あの人の占いは国を動かす、なんて言うたもんや」
長年、里から動かなかったクレエールの長。
多くの力のある者達が、彼女の占いに縋ろうとした。ただ、里にはほとんどが辿り着けなかったという。
それでも、彼女の占いに未来を託した。
「そんなに?」
「占いって生易しいもんやないやろな、もう予言みたいなもんや。見えないものが見える、クレエールの呪いの一族か……」
「何も変わらない」
それまで黙っていたルノが、ようやく口を開いた。
オロロの話を聞いても、揺らぐことない瞳。
「──やる事は何も変わらない。仮にオロロが出てくるのなら、必ず倒す。団の役割は見えざる者を倒す、ただそれだけ」
その目は、決意に満ちていた。
「……せやな」
「うん!!」
それだけのこと。
そうだ、自分達は剣の団だから。
他の二人も、力強い笑顔で頷いた。