第168話 力
ゴオオオオオオオオ!!!!
「なあああああ!!!!」
凄まじい轟音と共に、空を駆け抜けた。
早送りの景色は、最早それが一つの芸術。今までジェイが見たことない早さで、街の景色が流れていく。
目が回る、目が回る。ジェイは悲鳴をあげたつもりなのだが、風の轟音に見事にかき消されてしまった。
「おわわ!!」
その轟音がパッと消えたかと思うと、放り投げられたような感覚と共に、いつのまにか地面に転がっていた。
「アタタ」
手の平に小石が食い込み、ズキズキと痛む。
どうやら、目的地に着いたようだ。遠くから、海の波の音が聴こえてくる。
なんとか体を起こし辺りを見渡すと、近くにショウリュウも転がっていた。起き上がれないようで、動こうとしない。
「ショウリュウ!」
慌てて体を起こし、ショウリュウに駆け寄る。
よく見ると、ショウリュウは肩から息をしていた。額には、びっしりと浮かび上がる汗。
「はぁ……はぁ……」
ショウリュウの体を腕で支え、体にもたれさせた。彼の手に持ったままの何枚もの札が、しゅうしゅうと音を立てて消えていく。
「大丈夫なんか」
「はぁ、はぁ、この術、疲れるんだよ……。そ、それより……」
ショウリュウは荒く息を吐きながら、目線で倉庫の並びを指し示す。
いや、もっと先。遥か先の、建物のてっぺん。
「何だよ、あれ……」
「ん?」
奥にある、とあるコンテナの真上。影が射すそこに、大きな物体が鎮座していた。
ギラギラと、黒々と光る正六面体。強い存在感を放ち、徐々に大きくなっているようだ。
ジェイはその物体の姿に、見覚えがあった。
「ルノ……」
そう呟くジェイに、ショウリュウはあごをクイッと、コンテナに向かってしゃくる。
行けよ、と言わんばかりに。
ジェイはそんなショウリュウの背中をポンッと叩くと、コンテナに向かって必死に駆け出して行った。
【とある倉庫】
「そろそろいいかなぁ?」
ガッ!!!
「うっ!!」
ルノの体に強い蹴りを入れると、セロマは軽く指を鳴らし手下に合図する。
「もう素材はバッチリだもんねぇ、カメラ切っちゃおう」
「なにを……」
立ち上がり体勢を整えようとしたルノだったが、グラッと崩れてしまう。あえなく地面に片手をついてしまった。
手のひらが、ビリビリと痺れる。
麻痺の効果がかなり進行し、身体に力が入らないのだ。一年前、麻痺の術をくらった時は腕のみだった。だが今は、全身の動きが鈍くなってしまっている。
セロマは彼を見下ろすと満足気に微笑み、ゆっくりと近づく。
「おやおやぁ、もうまともに動けないみたいだね。そろそろ仕上げといこうか」
こちらに目線を合わせるかのようにしゃがむと、ルノの髪を掴み、無理やり立ち上がらせた。
そして素早く首に腕を回し、一気に締め上げる。
「がっ……」
「あはははは!!」
拘束を解こうと左手で締め上げている腕を掴むが、上手く解くことが出来ない。
そうしている間にも、麻痺はどんどん進む。
力が、抜けていく……!!
そしてセロマはもう片方の手に何かを持ち、ルノに向かって一気に振り上げた。
「……!!」
それが何かは、ルノにもすぐ分かった。腕の先で、キラッと光る物。
金属の、鋭く尖った無機質な物体。
「はははは!!! くらえ!!!」
俺は……。
──その刹那。
思い返すのは、昔の記憶。
「こーんな時間に一人か? おチビ」
思い返すのは、あの日のあの人の笑顔。
──俺は、こんなところで死ねない!!
振り上げた腕がルノに向かって降りていく、次の瞬間。
バン!!!
「ルノ!!」
倉庫の扉が開き、ジェイが飛び込んできた。
とっさのことで、セロマはギョッとして振り上げた手を止める。
何故、何故お前がここに。
その瞬間、拘束していたセロマの腕が緩んだのを、ルノは見逃さなかった。
腕の力を振り絞り、なんとか無理やり拘束を解く。
「お、おわ!!」
そしてセロマを突き飛ばすと、一気に右腕を天に突き上げた。
ルノの瞳の色が銀色から、濁ったような紫に変化していく。ルノの全身から、おぞましいオーラが、力が溢れる。
黒き力、セロマは動揺の色を隠せない。
──これは、まさか一年前と同じ。いや、違う!!
「あああああああああ!!!!!」
ルノの絶叫が鳴り響く。
遥か上、倉庫の頭上。
そこにあったのは、あまりにも巨大な黒きダイヤ。黒々と光る、美しい宝石。
そこから、隠しきれない光が溢れだす。溢れた光が止まらない。
「はあああ!!!」
そして巨大な光が一直線に、真下の倉庫に向かって放たれた。