第167話 番号
【テイクン 南部】
【ノロゾック港】
黒ずんだ木で造られた、巨大な倉庫が並ぶ場所。湿気ですっかり色味が変わった木の感触は、長年そこに置いてあったような重みを感じさせる。
その倉庫街の一つ。路地裏に、アイリ、ナエカ、レオナルド、ベルの四人がいた。
ごくり。
唾を飲み込む音に、四人はバッと顔を見合わせる。自然と足が止まった。
「……誰よ?」
「ナエカじゃん、今の」
「ちがう」
「ごめん、今の私」
「ああ……」
「てゆーか、この会話が既にうるさいっつーか」
「ベルさんが最初に言ったんじゃないっすか!」
「レオが一番うるさい……」
「静かにしないと、見つかっちゃうよ」
一同はふぅ、と揃って一息つくと、再び足を踏み出す。ゆっくりゆっくり、慎重に。
足の指をそらせ、指の付け根からゆっくりとおろす。ここが難しい、片足がぶらりと宙ぶらりんになってしまう。
そしてゆっくり踵をおろす。音を立てずに慎重に、あとは指をおろすだけ。
レオナルドから教わった歩き方だが、この歩き方だとなかなか前に進まない。だが焦って動き、セロマに見つかってもいけない。
やきもきしながらも、足をひたすら根気よく動かす。
「それにしてもレオ、どこで習ったの? この歩き方」
「その、親父から聞いたんだよ。足をバタバタしないようにって」
「どんなお父さんなの……?」
「もー!! うるさいわよ、あんたら!!」
思わず大きな声を出したベルの口を、大慌てで三人がかりでふさぐ。
「な、なにすんもごもご」
「シィーッ!!」
必死にベルを抑え、身を潜める。
その時聞こえてきた誰かの話し声に、ハッと固まった。
複数人の足音が聞こえてくる。今はほとんど使われてない倉庫での足音、アイリ達は冷や汗を流し、息を殺す。
「おーい、誰かしゃべってるのか?」
「いや、聴こえないぞ。気のせいだろ?」
「そうか」
「それで、先生はなんと?」
「そろそろ3番倉庫にあいつらを移せ、だそうだ」
「3番?」
「奥の方じゃないか」
「やれやれ、また骨の折れる」
「やめないか!……先生の言いつけだ、早くするぞ」
そして足音はこちらに気づくことなく、徐々に遠ざかっていく。
運良く耳に入ってきた話に、四人は顔を見合わせた。
ベルが、ニヤリと小さく笑う。
「聞いた? 行ってみようじゃないの」
ベルはすくっと立ち上がり、遥か上を指で指し示す。目の前にある倉庫の、上の部分。
そこには10、とあった。ここは10番倉庫。
彼等が言った先生、がセロマの事だとしたら。セロマが、3番倉庫に誰かを移そうとしているのは間違いない。
当たりを見渡し、目で3番を探す。だが周囲は巨大な倉庫で囲まれており、壁になって遠くの文字まで見えない。
「探すしかないか」
「あ」
ナエカが足をトタトタと動かし、隣の倉庫の裏に回る。
「これ、見て」
「え?」
ナエカに倣って裏に回ると、そこには11、とあった。
「ここが11番か!」
「こっちが11番なら、3番は向こうの方かしらね」
「やったね!!」
ベルが指し示した反対側に、揃って足を進めていく。
途中途中でレオナルドが、倉庫の番号を確認していく。先程の歩き方に戻したのでゆっくりではあるが、どうやら無事に近づいているようだ。
足を進めながら、アイリはポツリと呟く。
「誰を移すんだろ、3番に」
「そんなのカンタンじゃん」
レオナルドはアイリの方を振り返り、硬い笑みを見せる。
「あいつらを移せ、って言ってただろ。あいつら、ってことは一人じゃないから、ルノさんじゃなくて……」
「まさか、教会の人達?」
「そうじゃん」
手紙にあった、ルノをおびき寄せる為の人質。捕らえた教会の人達を、何故わざわざ移動させるのか。
首を傾げながら、5番倉庫を通過した時だった。
「!!」
ザッザッザッ!!
再び足音が鳴り響き、慌てて身を隠す。今度は、先程より明らかに足音が多い。いくつもの足音が奇妙な程、規則正しく聞こえてくる。
「ほら、歩け!!」
足音は更に増えていく。どうやら、かなりの人数いるようだ。
先頭のレオナルドが一人、顔をのぞかせ様子を見る。
「やっぱり、教会の人達みたいだぜ」
「早く助けようよ!」
アイリが飛び出そうとするのを、レオナルドが制止する。
「落ち着けって、アイリ。今ここで助けても、援軍呼ばれたらマズイじゃんよ」
「エングン?」
「えっと……他の人呼ばれたらマズイっしょ? セロマにバレるし、ルノさんだっているんだぜ」
「あ、そうか……」
行方を追うしかない。
しばらく息を潜め待ち続けると、やがて足音は消えていった。恐る恐るレオナルドが、消えた跡の様子を窺う。
「どう?」
「いいぜ!!」
速度を上げて、教会の人達を追う。ナエカはふと目に映った物に気付き、立ち止まった。
──何だろう、四角いあれ。上の方で何か光ったけど。
【3番倉庫】
暗い空間に詰め込まれた人々は、先程見た光景が忘れられず、未だにどよめきを残していた。
「一体ここはどこなんだ!?」
「何故、あの人があんなところに……?」
「会話聞こえたかい?」
「さぁ」
「帰れるのかしら」
「ええい、静かに!!!」
見張りをしていた一人の男の罵声に、人々は震えて縮み上がった。
「いいか、しばらくここで大人しくしていればあなた方には何もしない!! 静まりたまえよ!!」
──ガチャリ。
「……!!」
「全員揃っているか、今から確認を行う! そこから並べ」
男が高らかに演説を繰り広げる中、人々は鍵が開く音に気付き、ハッと顔色を変える。
人々の反応に、男は目をひそめた。
「ん、なんだ?」
バタン!!!
彼等が呼吸する間もなく、一気に扉が開き、光の速さで飛び出した。レオナルドが見張りの顔面に、グローブでパンチをお見舞いする。
「うぉりゃあ!!」
バカン!!!
「ぐわあ!!!」
一瞬のノックアウト、瞬きする暇もない。
皆が唖然とする中、レオナルドに続くように、ぞろぞろと中に足を踏み入れる若者達。
「あらら、どうするわけ。手を出しちゃダメなんじゃないのー?」
「ヤバイ?」
「人さらい捕まえましたって言えばいいよ、ウソじゃないし」
「ヒトサライ? なんか恐い言葉」
「勘いいね……」
何もない、薄暗い古びた倉庫の中。
閉じ込められていた人達を見渡すと、何人かシスターの格好をしている者がいる。奥には高貴な雰囲気の、神父らしき人物もいた。
やはり、教会にいた人々らしい。
突然の登場に驚く一同に向かい、アイリはおずおずと前に進み出た。
「あの、こんにちは。剣の団です」