第166話 大丈夫
【リハ本通り】
「ここに、バルーンがねぇ」
「ララさんって人が言ってたのと、一緒かなぁ。ウフッ」
ショウリュウとカリンは、目の前に佇む大きな建物を見上げた。
最近改装工事をしたというその建物は、新しい建物特有の匂いがあった。周りの昔ながらの建物と比べ、明らかに浮いている。
怪しいバルーンが浮かんでいた、とパレスに通報があったのは、つい先程の話だ。
「……狙ってんのか?」
苦笑混じりで呟くショウリュウに、カリンは首をかしげる。
「狙ってるって、どうかしたのぉ?」
「いや、別に。読んでた新聞記事に、ここが載ってただけだ」
「ふうん、ここって話題なんだねぇ」
「カリンちゃん、ショウリュウさん」
声に気付いて振り返ると、ヨースラがパタパタとこちらにやって来る。
その後ろには、ララが恐縮しきった顔でついてきていた。隣には更に、シキの姿も。
「ヨーちゃん!」
「二人とも、合流出来て良かったです」
「ねぇ、ヨーちゃん。ジェイちゃんの話ってホントなの?」
カリンの言葉に、ヨースラは表情を硬くし、頷く。
ショウリュウは、チラッとシキの顔に視線を向けると、不機嫌そうに目を尖らせた。
「なんであんたがここにいるんだよ」
「やだなぁ、この僕は大事なことを伝えに来たんだよ? シキカイトだからね〜」
シキの話。ルノの部屋で見た手紙の話に、流石にショウリュウも顔をこわばらせた。
ララは後ろで、顔を白くする。
「安心して。姫達が、手紙にあったルノ君の居場所に向かってるからね」
「へぇ」
明らかに様子のおかしいララに、ショウリュウは眉をひそめた。
「とにかく、ジェイさんとトニーさんを連れ去ったのもバルーンです。バルーンがここに現れたなら、もしかしたらここに──」
ゴゴゴゴゴ………!!!
次の瞬間、地響きが辺りに鳴り響く。地面が激しく揺さぶられる。
「じ、地震!?」
「いや、これは……」
揺れているのではない、何か大きな物が崩れ落ちて地面を鳴らしている。
まるで、山崩れ。
地鳴りのような音はすぐに聞こえなくなり、代わりに人々のどよめきに変わった。
「あそこかな」
一同は、音が響いてきた場所に駆け寄った。
バルーンが現れたという建物の裏に、人だかりが出来ていた。音に驚いて集まった人々は皆、一様に驚きの表情を並べる。
新しく改装したばかりなのに、その煉瓦造りの壁の一部が哀れにも崩れ落ち、ぽっかりと穴があいている。
「……!!」
崩れた壁の瓦礫、その奥に。
「イテテ」
「あ~、ちょいタイミング遅かったみたいやな〜。ごめんやで」
「ヒドイよジェイジー!!」
「そないやいやい言わんと。ちゃんと出られやろ、ほら」
四人は言葉もなく、ポカーンとその光景を見つめた。
「ジェ、ジェイさん!!」
ジェイとトニーだった。一同に気がつくと、二人もホッとした顔になる。
「ヨー! 良かったわ……って、えらい集まっとるやん」
「ジェイさん、トニーさん、無事ですか!? 今の爆発は」
「トニーくん!!」
困惑するヨースラの横をすり抜け、ララは必死の形相でトニーに駆け寄った。涙が横に流れていく。
「トニーくん、大丈夫だった? 大丈夫だった!?」
「ララ!」
心配そうなララとは裏腹に、トニーはすっかり笑顔だ。ヒラヒラと手を振り、ララはますます顔に影を刺す。
「あの、私……」
「ほら見てよ。ボクだいじょうぶだよ、ララ。ジェイジーのおかげ」
「え」
ララが顔を上げると、トニーは何かを含んだような笑みで、こちらをまっすぐ見ていた。
全てを見通しているような、透明に揺れる瞳。
まさか、この子……。
「だから、だいじょうぶだよ」
「トニーくん……!!」
ララはわあわあと声を上げて泣き出し、トニーを強く抱きしめるとごめんね、ごめんねと連呼し続けた。
その様子に困惑するシキ、カリン、ショウリュウ。カリンに目で何事か、と尋ねられ、ジェイとヨースラは目を見合わせて微笑む。
「ジェイジー、あそこからどうやって抜け出してきた?」
「それは後で説明するわ。それよりも、や」
ジェイは再び顔に焦りの色を浮かべると、セロマが言っていた事を告げる。
「奴の狙いは、ルノや。俺がおらんようになったのがバレたらマズイ、はよ場所を」
「もう知ってるよ、ジェイ君」
焦るジェイの目の前に、シキが何かをズイッと突き出す。ほとんど鼻先で、ジェイは目を白黒させた。
「わっ! な、何や」
「ほら、コレ。読んでごらんよ」
達筆だが、どす黒い何かで綴られた手紙。読み進めていくジェイの目が、どんどん鋭くなっていく。
「あそこか……」
「ここからだと、遠いですね」
遠すぎて、ルノの様子を探ることも出来ない。とにかく早く、この場所に向かう必要がある。
「どないしよか」
「出来るぞ」
突然割り込んできたショウリュウに、ジェイはギョッとして振り向く。
「ノロゾックに行けばいいんだろ、出来るぞ」
「ホンマか」
「ああ。ただし、悪いが一人だけだ」
ショウリュウの言葉に、ジェイは力強く頷く。
「頼むわ!!」
「よし」
「ジェイちゃん、一人で行くの?」
「カリン、ララさんとトニー避難させといてや」
ジェイが言い切る前に、ショウリュウの周りから凄まじい風が立ち上がる。
ひゅおおおおお。
風がうなる勢いに、一同は慄く。カリンは慌てて、ララとトニーを退がらせた。
渦のような風が舞う。その中央で、ショウリュウはもう一度札を取り出す。札をかざした手先が、ゆっくりと円を描く。
「ユリナバル!!」
そして、風が爆発した。
ゴオオオオオオオオ!!!!
風が唸り竜巻になり、それがはっきりと形になっていく。まるで籠のようだ。
そしてショウリュウは竜巻の中から腕だけを出すと、ぐいっとジェイの手をつかみ、竜巻の中に引き込む。
「お、おわ!!」
「行くぞ」
風が、更に唸り声をあげる。ショウリュウとジェイを乗せ、ふわっと上空に浮き上がっていく。
「と、とんでる!!」
見ていた観客達も、その光景をポカーンと見つめた。
「ジェイさん!」
「すまん、後のこと頼んだで! まだそこにおるおわああああああああ!!!!!!」
凄まじい悲鳴を残しながら、風と共に去ってしまう。一瞬のことだった。
一同は困惑し、風が消えた跡を唖然と眺める。
「あーあ、行ったね」
「後のこと、って言ってましたけど……」
その時。
建物の裏からとある影が、ひょっこりと姿を見せた。
「ムアチェレサマ、ドコカナァ。フウセン、コワレチャッタ。アイツラニゲタヨ」
ブツブツと、呟く小さな声。表に出てきた見えざる者は、ヨースラとシキに気がつき、はっと固まってしまう。
「……アリ?」
その顔が、みるみる引きつっていく。
なるほど、この見えざる者がバルーンの主。
「マサカ」
ジェイの言葉の意味を悟った二人に、迷いはなく。
ヨースラは見えざる者を見据え、ポケットをさぐる。パチンッと、小気味いい音が鳴った。
時刻はもうすぐ夕暮れで、暖かなオレンジ色の光が辺りに降り注ぐ。
その光がシキを照らし、壁に影が映し出された。
そして影が、ゆっくりと形を変えていった。