第163話 制御
まさに、セロマの独占場だった。
ボヒュン、ボヒュン!!
ハッポウ26は無機質に、無慈悲に砲弾を放つ。ルノが必死に弾を交わす中、セロマは堂々と仁王立ちしたまま。
襲い掛かるハッポウの砲弾は、彼の体に触れる前に全て跳ね返された。
「おお!!」
ぬいぐるみは積極的に目を光らせ、どんどん弾を繰り出す。だがセロマは波動を生み出し、ことごとく跳ね返されていく。
跳ね返された弾は、容赦なくルノにも向かう。
ボヒュン!!
「ぐあっ!!」
予想外の所から放たれた弾。ルノの細身の身体は、床に受け止められているかのように倒れ込む。観客はその強さに、無言のままただ圧倒される。
その様子を、ジェイは上からじっと見ていた。まばたきもせずに。
エリーナは、セロマの能力に見覚えがあった。
「なるほど、拒絶の能力ね」
「拒絶、ですか?」
「いたのよ、同じ能力の子が。あらゆる能力を、自らの身体が拒絶するアッカーソン系能力……」
その能力はあらゆる能力を受け付けず、能力を相手に跳ね返す。
「能力を分かりやすくぶつけるハッポウ相手には、相性がいいわね」
「あ!!」
バシュッ!!
カリンが声をあげた瞬間、ルノの光線が突き刺さるようにハッポウの首に命中した。観客はどよめき、席から立ち上がる。
先程まで、反撃する余裕は無かったのに。
驚いたのはセロマもそうだったようで、目を見開いてジッとルノを見つめる。
少し風向きが変わったようで、どよめきから興奮が場を包んでいく。
「当たりましたね!」
「隙が出来たのかしら」
「ちゃいますよ」
それまで黙っていたジェイが、おもむろに口を開く。目はしっかりと、舞台を向いたまま。
「ルノがハッポウの攻撃の流れ読んで、先回りしたんや」
「え?」
ジェイの言葉に、ヨースラとカリンは目を見合わせる。
「賢い方なんですね」
首にダメージを与えたのは大きい。ハッポウはダメージに、ゆらゆらと足元をふらつかせた。
「……」
セロマは再びルノに向き直ると、突然ニッと大きな笑みを浮かべた。
深く深く、奥底に歪んだ何かを含み、その笑みに貼りつけて。
表情を読みとり、カリンはゾクッと身震いする。
「なんかあの人、コワイ」
「……ん?」
すっと伸ばされた彼の腕。
──ピシュッ!
次の瞬間、セロマの腕、いや正確には服の袖口から何かが飛び出していった──ように見えた。
一瞬、まばたきのようなその一瞬で。
「今、何か」
「な、何か出たよぉ。そうだよねぇ?」
ヨースラとカリンは目を見合わせた。エリーナとジェイの目にも、飛び出した何かははっきり見えている。
「おかしなものが見えたわね、明らかに能力じゃない。止めて確認させた方が」
エリーナが一階に向かおうとした、その時。
ルノは、その場に膝から崩れ落ちた。
「……!!」
「ルノ!?」
ルノは左腕を負傷したかのようにおさえ、床に手をつきしゃがみこんだ。そのまま動こうとしない。
よく見ると抑えている手のひらの上で、ダイヤがみるみる大きくなっていく。
まさか、ダイヤを生み出している最中か。
「う……うぁ……」
ダイヤはどんどん大きくなっていくのだが、何かがおかしい。ダイヤの色味が黒い美しい色から、紫の混じった濁った色へ。
それをルノが必死に、腕を抑えて鎮めようとしているようだ。
その腕に、黒い斑点が浮かび上がっていく。
観ていた観客もそこで異常に気付き、なんだなんだと騒ぎだした。
「……え?」
セロマも何が起きているのか分からない様子で、流石に顔を引きつらせている。
ルノの瞳の色が、両目ともあらゆる色が混じり濁っていく。
ジェイは血相を変えて、ダメだと分かってはいたがルノに能力を送る。
『ルノ、ルノ!! どないしたんや!?』
「ち、力が……制御、出来ない……!」
「な、なんやて!?」
絞り出すように聞こえてきたルノの言葉に、ジェイは大きな声をあげてしまう。
他の三人も驚き、ジェイの方を振り返った。
「ジェイ、あなたもしかして」
「力が制御できへんって……」
その言葉にエリーナは顔から表情を消すと、階段から下に降りようと駆けだす。緊急事態だ。
だがエリーナが背を向けた瞬間、後ろで大きくピカッと光が放たれた。
「!!」
黒い光。真っ直ぐな光で照らされ、影を作り出す。
何事かと、二階に駆け戻るエリーナ。手すりから身を乗り出し、もう一度舞台を見下ろす。
「そんな!」
制御を失ったダイヤから、待ちきれないかのように、光がこぼれ出ていく。
もう、いつ溢れ出してもおかしくない。
「ルノ!!」
今から何が起きるのかは、想像に難しくない。会場がひっくり返った。
「早く逃げろ!!」
「うわあああ!!」
「きゃあああ!! おさないで!!」
「カ、カメラどうします!?」
「そんなこと言ったっておい!!」
「ぎゃあああ!!」
観客も、撮影班も機材係も音声係も、大混乱に陥った。激しい光から逃れようと、皆が必死で逃げ出す。
周りの悲鳴が飛び交う中、ルノは必死に意識を集中させた。
もう、光を消すことはできない。光は溢れ、暴発する。
「うわああああああああああ!!!!!」
ドキュン!!!
ルノの絶叫と共に、美しい黒い光が放たれた。
暴発する筈だった光は、ただ一点に向かって、真っ直線に飛んでいく。ただ、真っ直ぐに。
光がぶつかり、またぶつかり、更に大きな光となる。あまりの眩しさに、皆が目を覆う。
暴走したその光が、ようやく収まった。
「う……」
大きく凹んだ壁。舞台の上には倒れているセロマ、ハッポウ。そして膝をつき腕をおさえたまま、ただ呆然としているルノ。
逃げ出そうとした者達も、その光景に皆立ち止まり言葉を失ったまま。
誰も微動だにしない状況の中、ようやく我に返ったスタッフが声を上げた。
「た、担架だ!」
「怪我人だ、早く!」
スタッフが用意した布が、すぐに赤く染まる。セロマが運ばれる事態に、観客もスタッフも司会者も騒然とした。
ルノの周りで、黒いダイヤの破片がパラパラと落ちていく。
そんな混乱の中でただ一人舞台に上がり、ルノに歩み寄る者がいた。
オーガストは立ち上がれないルノの目の前でしゃがむと、そっと手を差し伸べた。