第159話 手引き
【タヤローパ前 広場】
「罠なんです」
石に腰掛けた、ヨースラとララの二人。ようやく落ち着いたララが、ポツポツと言葉を吐き出し、ヨースラは表情を曇らせた。
あの時。教会の人々と一緒にバルーンに閉じ込められ、何者かの声がした時。
「キミ達は、これから人質だぁ!!」
閉じ込められたバルーンの空間の中で、人々が大混乱に陥った。
「ねぇ、ここめくれるかも」
「え?」
その中で側にいたトニーが、大胆にもバルーンをめくってみせたのだ。
見事に空間に僅かな割れ目が入り、トニーは一人脱出した。あまりにも簡単に。
「う、うそ!」
やった、出られる!
嬉しくなり、トニーの後に続こうとしたララだったが。
「トニーくんはめくれたけど、私がめくろうとしたら、バルーンがバチッと弾かれて──めくれなかったんです」
「……!」
指がバルーンに触れた、その瞬間。
電気が通ったような、鋭い痛み。その衝撃で思わず声を上げてしまい、彼らにまんまと見つかってしまった。
「さっきの男の人──セロマに捕まって」
あまりの恐怖に、声を絞り出すことさえ出来なかった。そんなララに、セロマは暗闇の中でララに詰め寄ると、こう告げたのだ。
「剣の団の、ジェイ・ジーン・スター。知ってるよねぇ。彼をどこかに誘い出してくれたら、教会の人達の無事を約束しようか。どこがいい?」
そうすれば、みんなが助かる。そのかわり、連れて来れなかったら。
「どうなるかな、どうなると思う? これは、逃げようとしたキミへの罰だよ」
──ちゃんと見てるからね。
セロマは冷ややかな笑みを顔に貼り付け、ララに告げた。人々がどうなるか、その答えは明白。
その話に、ヨースラは驚き目を見開く。
「最初から、ジェイさんを指名していたんですか?」
「……はい、ジェイさんを連れてこいと。そして私は、彼等にわざと外に出されたんです。ジェイさんを誘き出す為に」
一体どうすれば。一人で途方に暮れる中、必死に頭を働かせた。
「そして、急いでトニーくんを探しました」
それは何故、と問うヨースラに、ララは力なく目を伏せる。
「あの子は賢いから、例え目が見えなくても、ちゃんと誰かに助けを求めるだろうと」
もしかしたら、一人でパレスに行ってしまうかもしれない。でも、もしジェイが一緒に来なかったら。
攫われた、皆の命が。
「そう思って、必死にトニーくんを探しましたんです。幸いすぐに見つかって、パレスに行こうと誘導したんです」
「そうだったんですか……」
トニーには、とても言えなかった。教会の人達の命がかかっているとはいえ、見えざる者と手を組んだなどと。
だが、トニーはおかしな事を言った。暗闇の中のあの存在を、見えざる者ではなく人だと。
ムアチェレ──見えざる者の声は、彼の名前をセロマ、と口にした。
「……セロマって、あの人ですよね? 去年ミライアムに出て、ルノさんと戦った」
セロマという人物が、ルノを憎んでいること。そしてルノとジェイが、団に加入する前からの親しい仲であること。
アイリのような世間知らずでなければ、テイクンの人間ならばまず知っていることだ。
「私、とんでもないこと……神に使える身なのに」
そしてララの手引きにより、ジェイはトニーと共に姿を消した。
恐らくは、ルノに危害を与える目的に違いない。全ては、セロマの策略だったのだ。
「でも私、そんな……。私のせいです、私のせいでジェイさんも、きっとルノさんも……」
ヨースラはかける言葉が見つからず、ただただ、ララから視線を逸らさずにいることしかできない。
ララは落ち着かないのか、腰掛けていた石からバッと立ち上がる。
「ララさん?」
「早くあの二人を見つけないと、大変な事に」
「落ち着いてください!!」
ヨースラは咄嗟にララを引き留め、混乱した様子のララを鎮めようと、その肩に手を置く。
ララは、そろそろと顔をあげた。
ヨースラは、にこやかな笑みを向ける。
「ララさんは、教会の皆さんを助けようとしただけじゃないですか。悪いのは彼等です、ララさんのせいだなんて思いません」
「でも」
「大丈夫です、剣の団ですから。剣の団は人々を守るのが仕事、これもただの仕事の一つです。ジェイさんもルノさんも、他のみんなも、必ず仕事はやり遂げますよ」