第157話 瞳
【8年前】
【テイクンシティー グオリアス通り】
【セント・グオリアス学習舎】
この学習舎は創立130年を誇る名門であり、テイクンの中でも合格するのが難関な学習舎として知られている。
……創立何年ってえらそーやけど、名門やのになんでこんな古びたまんまなんや。
ジェイはそんな事を考えながら、退屈そうに指でガラスペンをいじる。
古い学習舎は、壁、机、椅子、どこをとっても少しずつガタが来ていた。去年の地震で、ヒビが入った壁もある。
唯一立派なのは、制服だろうか。学長の自慢で、知り合いの仕立て屋にデザインしてもらったらしい。
この制服を目当てに、この学習舎を志望する生徒もいるとか。もっとも、ジェイにはこの制服は派手に思えて、好みではなかった。
「なぁなぁ、ジェイ」
「おはようさん」
出来たばかりの友人から声をかけられ、ジェイは顔を向ける。友人の目は興奮に満ちていた。
「聞いたか? 今日新しく入るっていうヤツ、お前と同じヘイズ一族らしいぜ!!」
「なんやて??」
友人の言葉に、ジェイはギョッとして椅子から立ち上がった。予想外の反応に、友人だけでなく周りの生徒も驚く。
「な、なんだよー、大きな声出すなよ。ヘイズは親戚なんだろ? 学長達がさ、そんな事話してたんだよ」
「サイアクや……」
「おいおい、大丈夫かぁ?」
ジェイは虚しく脱力し、机に突っ伏した。友人達をおどおどさせてしまったが、そこまで気を回す余裕が無い。
何の為に、このグオリアスを受験したのか。あの集落さえ出れば、おさらばだと思っていたのに。
「おーい、ジェイ?」
まさか、こんな都会にまでやって来るなんて。集落を出て、ここに合格するなんて予想外だ。
ただただ虚しく項垂れていると、ガラガラと扉が開く。
「ほらほら、君達座りなさい。話がありますよ〜」
「お、来た!」
「……!!」
学長と共に入ってきた少年に、ジェイは息を飲む。
珍しい紺色の髪、綺麗な瞳のオッドアイ。
間違いない、あの顔を忘れてはいなかった。
あれは、従兄弟の……。
少年は、誰も寄せ付けない雰囲気を全身に纏い、表情をピクリとも動かさない。
何より驚いたのは、その目だ。
生気が無かった。もう死んでしまったかのような目をして、その瞳には、どんな色もどんな感情も映っていない。
──まるで、人型の機械。
それは他の皆も感じたらしく、沈黙が一瞬にしてその場を包んだ。
異様な反応に学長も察したのか、場の空気を振り払うように咳払いすると、もったいぶって前に出る。
「え~、先程一部の子には伝えたけれど、今日から新しい仲間が入ることになった。これから共に学ぶ事になるのだから、仲良くするように」
そう告げると、隣の少年に挨拶するように促す。
「今日から、みんなの仲間なのだからな」
「……」
少年は、おずおずと頭を下げお辞儀した。
ゆっくりと、綺麗に丁寧に。
……それだけだった。何かしら物を言うわけでもなく、彼にとってはそれが自己紹介だったらしい。
ただ冷たく、無言を貫く。
「えっと……」
皆が一応にポカーンとなった。不穏な空気が部屋に流れていく。
学長は困った末に、よろしくな~と言い捨て、そそくさと部屋を去って行ってしまった。
それでようやく、空気は多少元に戻った。少年はおもむろに足を踏み出し、並ぶ机の隙間をすり抜けていく。
誰からも声をかけられることなく、さっさと席に着いてしまった。
ガタ!
「お、おい、ジェイ!」
ジェイは思い切って席から立ち上がり、少年の元に近付いた。
皆の注目が、一斉にジェイに集まっているのが分かる。ジェイは臆することなく、座っている少年の目の前に立つ。
少年は、チラリとこちらに目を向けた。やはりただの写し鏡のような、色のない瞳がジェイを映す。
「なぁ!!」
思いの外大きな声が出て、自分自身で驚く。
だが、少年はこれといった反応を示さない。ただ、こちらをジッと見ているだけ。
いや、見ていない。彼の瞳の中に、ジェイが入って来ただけ。それでも、グッと腹に力を込めた。
「ルノやろ? ボクのこと、覚えとらん? 」
「……」
そう問いかけた時、一瞬。
ほんの一瞬、少年の目に生きた光が宿った。僅かに驚いた様子で、はっきりと瞳の色が動きだす。
なんでここにいるんだ。
そう、瞳の色が告げていた。
──あ、ちゃんと覚えとったんやな。
ジェイは嬉しくなり、ルノに笑顔を向けたのだった。