第155話 用件
【とある倉庫街】
木のコンテナとコンテナが、所狭しとひしめき合う。
そんな倉庫街の、とあるコンテナの一つ。
「……」
薄暗い暗闇の中で、ルノは目の前にいる男を刺すように睨んだ。瞳には氷の刃のように、冷たいものが宿る。
彼の背後には、男の手下らしきガタイのいい男が二人。ルノを無理やり座らせ、その腕をがっしりと拘束していた。
目の前の男は不敵な笑みを浮かべ、ルノを見下ろす。ウェーブした髪が目にまでかかりそうになり、それをさっとかきあげた。
「わざわざ来てもらって悪かったねぇ。一年振りの再会だろぉ、もっと喜んでくれなくっちゃあね」
「用件」
「あ?」
ようやく口を開いた男だったが、ルノにバシッとその話を遮られる。男はピクリと眉をひそめた。
「何だってぇ? よく聞こえないな」
「話は?……さっさと話せないのか」
その為にわざわざ呼び出したんじゃないのか、と付け加える。そんなルノに、男は不満そうに口を尖らす。
「つれないなぁ。せっかくの再会なんだ、もっとこう、感動的にさ」
「俺は」
ルノの美しい瞳の色に更に冷たさが加わり、苛烈さを増す。普段はあまり動かすことのないその表情から、不快感と口惜しさが色濃く滲み出す。
「こうやって口をきくだけでも」
まるで汚物でも見ているかのように、忌まわしい物を振り払うように、言葉を吐き出していく。
「……反吐が出る」
これは、侮蔑。男は、少々虚をつかれたようだった。
だがすぐに表情を戻し、ニンマリと笑みをたたえ、ルノに近づく。得意満面の顔をググッとルノに近づけてきた。
「あれぇ、そんな態度でいいのかなぁ、キミー。ちゃんと手紙にも書いただろう?」
そう言いながら、思わせぶりにサッと後ろに向かって手を差し出す。
奥には、大きくカラフルなバルーンがあった。バルーンが彼の合図に応え、ゆっくりと開かれていく。
その奥には。
「ひえぇ……」
「た、助けて……」
バルーンの中には、大勢の人々がいた。
恐怖の声を上げて怯える人々。老若男女年齢は様々だが、中には聖職者らしき、修道服に身を包んだ者もいる。
何故か、全員が目隠しをされていた。
そばには沢山のガタイのいい男達が、彼等を逃がさないように取り囲む。檻を作っているようだ。
「マヤ教会の話。あの話は、別に嘘でもなんでもないんだよ? ちゃーんと、ここに連れてきたんだから」
来てくれなきゃ解放しない、と言っただろう?
「……」
ルノの目に力強さが増し、ギッと男を睨みつける。教会の人々の命を、盾にするとは。
「安心してくれよ。キミはちゃんと来たのだし、この人達は用済みだ。約束通り、すぐ解放される。キミが大人しくしてくれれば、さ」
「……話は?」
僅かに揺れ動く、左右で違う瞳の色。大人しくしてくれるようだ。
男はもったいぶった動作でうんうん、と頷くと、ルノの目の前にしゃがむ。
「実はさぁ、決着をつけたいと思ってね」
「決着?」
胡乱げな目を向けるルノに、男はフフッと笑みを浮かべた。
「勿論、あの日の決着さ。あの結末が正しい結果だなんて、そうは思ってないだろ?」
その言葉に、ルノは思わず鼻で笑う。
「その為にこんなことを?」
その反応に男は一瞬ムッと顔をしかめたが、すぐに顔色に余裕を浮かべる。
「いいかい、今から全て記録するんだ」
男が腕を伸ばして示した先には、大きな撮影機があった。部下らしき者達が、わたわたと焦りながら操作している。
「そして世間に証明するのさ、あの日の本当に正しい結果を。エースになるのにふさわしいのは、このボクだってことをね!」
悦に入り、うっとりと天を見上げる男。ルノは呆れたように視線を明後日の方に向け、言葉を吐き出す。
「……くだらない」
そもそも団員には、能力で民や一般人を傷つけてはいけない、という制約がある。いかなる理由、不注意であっても。
それは残念ながら、この男相手でも変わらない。今、ルノを拘束している後ろの二人にも。
そんな状況で決着、などと。
「やる価値もない」
そう断言するルノに、男はアハハ、と軽快に笑い飛ばす。
「そうだろう? キミには、ボクと戦う理由が無いんだよね。違反になっちゃうし、それだとつまらない。そう思ってね、特別な贈り物を用意したのさぁ」
「贈り物?」
ルノが聞き返すと、男はパチンッと優雅に指を鳴らす。
すると、少し離れた天井からガラガラと幕が降りてくる。一気にぶら下がり、微妙に前後に揺れた。
映写機だろうか、別の機材がガタピシ音を立てて割り込む。ガラガラと中のパーツが忙しく動き始め、ルノの不安を煽る。
映写機が一瞬動きを止めたその時、スクリーンにそれはパッと映し出された。
「……!!」
流れるその映像に、ルノは雷に打たれたような衝撃を受けた。
見も知らぬ、煉瓦造りの部屋。暗い部屋に、小さな照明のランプがチラチラと光るのみ。
カメラのレンズ越し、真正面に一人。
その目はグッタリと閉じられ、床に突っ伏している。ピクリとも動く気配が無い。
ルノは、必死にその名前を叫んだ。
「ジェイ!!!」