第153話 後悔
ジェイは雷に打たれたかのように目を見張り、ムアチェレの前で顔をこわばらせた。
それはヨースラも同じで、目に狼狽の色を浮かべる。
「……え?」
ララはヨースラの後ろに隠れながらも、思わず小さな声を出す。
──セロマって、どこかで聞いたことがあるような。
返ってきた反応に気分がいいのか、ムアチェレは軽くステップを踏みだす。
「ケヘッ! イライニンは、そんなにおかしい奴ですかいよ。あれ、おもしろい? ユカイユカイ」
聞き覚えのある名前。その名前の在処を思い出したララは、あっと驚き口元を抑えた。
──そうだ、確か去年。
それまで衝撃のあまり口を閉ざしていたジェイだったが、拳に力を込め口を開く。
「……あの人は、もう団とは無関係や。何で今更、その名前が出てくる」
「はぁ、あっしゃは知らないですや。イライニンをちょーっと手伝っただけ、ですかいよ」
舌を軽く出して、馬鹿にするようにおどける。
ムアチェレは、あくまでもマイペースだ。そんなムアチェレに、ジェイは少々苛立ちながらも、言葉を返す。
「手伝い、やと?」
「ケヘッ! おもしろそうでしたかい。うらみ、いたみ、あっしゃは大好きなんですかいよ!」
薄い皮の皮膚に覆われた顔の骨格が、ギギッと横に広がる。
それを合図にしてか、バルーンが一気に高度を下げ、ジェイのいる場所に降りてくる。
「……!!」
交わそうにも、足にくっついた飴玉が離れない。地面に縫い付けられた足。
飴玉は更に重みを増し、ジェイは体勢を崩して地面に手をつく。そんなジェイの肩に、ムアチェレはそっと手を置いた。
「イライニンからの頼みはこうですや。連れて行った人間をエサに、お、め、え、さ、んを連れてけってねぇ!」
「なっ!!」
反射的に肩に、置かれた手を振り解こうとした時。ジェイのズボンのポケットから、何かが飛びだす。
からんからんからん。
いつからか、勝手にジェイのポケットに潜り込んだ、血のように赤く赤く輝く石。
その赤い不気味な色に、ララは思わず息を呑む。
「ジェイジー!!」
トニーはとっさに走り出し、赤い石を拾い上げジェイの元に駆けだす。
「トニー!! こっち来たらあかん!!」
敵の狙いは、自分なのだ。
ムアチェレは、ジェイの肩を強くおさえつけると、チラッとララに目を向けた。
「そういえば、タヤローパ? アッハッハ!!」
「……!!」
「タヤローパって、何ですかいよ? うまいこと言ったもんですや、ハッハッハッ!!」
「え……」
ムアチェレの言葉に、駆け寄ろうとしたトニーは思わず立ち止まる。
──まさか、ララは。
だが無常にもバルーンは、トニーのいる場所まで飲み込もうとしていた。空を覆う影が、みるみる広がっていく。
ヨースラが必死に走りだし、トニーに向かって手を伸ばす。
「トニーくん!! ダメだ、離れてください!!」
「トニー!!」
──パシュン!!
光と共に、一瞬で弾けた。
「……!!」
伸ばした手は、届かなかった。
何かが弾けるような音と共に、ジェイ、トニー、そしてムアチェレの姿も忽然と消えてしまった。
まるで、手品を見終えた余韻のように。
「……ジェイさん、トニーくん!!」
ヨースラが、本人が驚く程の大きな声で呼びかけるが、応答は無い。静寂が、ただただ辺りの広場を包む。
「そんな……」
ヨースラは身体が震えていくのを感じていたが、なんとか呼吸を落ち着かせる。
……トニーくんを、何としても止めるべきだったんだ。いや、その前にジェイさんを止めるべきだった。
今更考えたところで、後悔が込み上げる。
「ララさん」
後ろのララに目をやると、顔が真っ青になっていた。あんな場面を見たのだから、当然だろう。
すぐにでも、二人を探しに行きたいところだ。だが、ララを危険に晒すわけにはいかない。
そんな事を考え、ヨースラは握った拳を隠しながらララに近づく。青ざめているララは、近づく足音にビクッと過剰に反応した。
「ララさん、とりあえず救援を──」
呼ぼうと思います、まで言いかけたところで、ララが取り乱したようにバッとヨースラの服の襟を掴む。
その目は、懇願に溢れていた。
「ラ、ララさん!?」
「お願いします!! どうか二人を……」
襟を掴む手が大きく震えだす。言葉の端も震え、その顔は真っ青だ。
「こんなことになるなんて、私が、私が!」
「ララさん!?……どうしたんですか!?」
ヨースラの呼びかけに、ララは真っ赤にした目をはっきりと向けてきた。その瞳から、みるみる大粒の涙が溢れだす。
「ごめんなさい!! 私、私とんでもないことを……」