第151話 殺風景
【オリレア通り】
「おっそい!! 何もたもたしてんの!?」
店の外で待ち構えていたその人物に、アイリ達は呆気にとられた。
迎えに来たその子は、すっかり眉間に皺を寄せ、目を三角にしておかんむりだ。
「べ、ベルさん!!」
「ベル!!」
やって来たのは事務兼リンゴの助手、のベルだった。一同をジロリと睨むように見回すと、わざとらしくため息を吐く。
「あ~あ、まったく。何故このあたしが、あの男の為にわざわざ家になんか……」
ブツブツ呟くベルに、迫力に圧されながらもアイリはおずおずと近づく。
「あ、あのう……」
「何!??」
「ひゃあっ!!」
突然大きな声を出され、アイリは勿論他の三人も飛び上がる。何があったのか、これではほとんど八つ当たりのようではないか。
「なんか怒ってんな」
「機嫌が悪いみたいだね」
後ろでボソボソ喋り合うレオナルドとシキに、ベルが威嚇するかのようにジロリと睨む。
二人も気付いてビクッと反応し、曖昧な笑みで誤魔化す。
「ほら、さっさと行くわよ。早く終わらせたいし」
そう告げると、クルッと背を向け足を踏みだす。
堂々と、自ら先頭を切って歩く。随分と早歩きで、アイリ達は追いつくのに苦労する。
「ルノさん、何かあったんですか?」
ようやくアイリが尋ねると、ベルは足の速度を少し緩めた。
「……団長さんが外で仕事してる時に、街の人と話してて。その人が、凄い顔でアパートメントを出て行くあの男を見たって言ったそうよ」
あの男、とはルノの事だろう。
「ルノさんが休みの日に?」
以前ジェイが、ルノは休みでもほとんど外に出ない、と漏らしていた。引き篭ってばかりで心配だと。
それを思い出し、ベル以外の一同は顔を見合わせる。
「気になるから、様子見に行けとか言ってさ、まったく。副団長さんは任務中で、連絡つかないらしいし。いい大人なんだから、団長さんも心配性っていうか、さ」
ベルは再びブツブツ呟く。確かに、ベルの言う事も一理あるが。
「凄い顔してた、ってのが気になるねぇ」
シキの言葉に、アイリもナエカも頷く。
アイリとルノが住むアパートメントがあるセントバーミルダ通りは、ここからそこまで離れていない。
ベルの早足にひたすら着いていくと、あっという間にアパートメントに到着した。
「ここだよ!」
ここでアイリが先頭を行く。ルノ部屋はアイリの隣、三階だ。階段を上がって部屋の前につくと、皆が興味津々で、左右の二つの部屋の扉を見回す。
左がドゥンケルハイト、右がクレエール。並んだ表札の文字。
「本当に隣同士なんだ……」
ナエカがポツリと呟く。
どこまでも羨ましい、ルノさんの隣に住むだなんて……。
「でも、どうするんだい? 来たのはいいけど、勝手に部屋には入れないんじゃないかな」
「だから、あたしの出番ってわけよ」
そう言うと、どこから取り出したのか、ベルはいつもの分厚い古文書をサッと開く。
特訓の時にもよく使う、便利な書物だ。
「シンヤシンヤバカラサダンカン……」
そして、ベルは呪文を唱えようとしたのだが。
「──あら?」
ベルが、突如呪文を途切れさせた。様子を見ていた周りも、そんなベルにポカンとなる。
「どうしたんだよ?」
「……」
僅かだが、ルノの部屋の扉から隙間らしいものがのぞいている。
ベルは扉に近付くと、そっとドアノブに手をかけた。
──カチャッ!!
小気味いい音が、僅かに聞こえた。
「……開いてるわ」
その言葉に、皆の顔が凍りつく。ベルは張り詰めた顔で、そのまま扉をゆっくり開いた。
「ちょっと、いないのー?」
アイリ達も、ベルに続いて中に入っていく。
随分と物が少ない──ように見える部屋だ。物はほとんど片付けられ、綺麗にきっちり整頓されていた。
家具が少なく、殺風景にも見える。何故だか、家具にあまり統一性が無かった。
聞いた通り、ルノがいる気配はしない。ベルの呼びかけにも、どの部屋からも返事はなかった。
一同は話すまでもなく、自然と部屋のあちこちにバラけて調べ始める。
「あ」
ナエカがふとシンクに目を向けると、シンクに溜められた水に食器がつけられたままだ。
どうやら、まだ洗い物の途中だったらしい。
「どうしたんだろう……」
──洗い物をする余裕もなかったのか。
アイリが景色を見渡せる窓際に近付くと、窓の側に小さなスタンドがあった。
そこに小さな写真立てがあり、中の写真には二人の人物が写っていた。アイリは思わず写真立てを手に取る。
「この子って……」
一人は子供、一人はアイリと同い年くらいの若い青年。
子供の方はルノだった。10歳頃の写真だろうか、クリッとした目をして可愛らしく、アイリは胸をほっこりさせる。
青年は、もしかしたらルノの兄かもしれない。随分と歳の離れたお兄さんだと、アイリは少し目を丸くした。
「こっちなんかあるぜ!」
レオナルドの声がリビングから聞こえて、アイリはそっと写真立てをスタンドに戻し、リビングに戻った。
声を聞いた皆も戻ってくる。レオナルドは、椅子の下に潜るように屈んだまま。
「何だい、それは」
レオナルドは椅子の下から、何かを取り出す。
便箋だった。白い無地の、何の変哲もない手紙。近くにはその便箋が入っていたのだろう、無地の白い封筒も転がっている。
殺風景な部屋の中で、無造作に放置されていたこの手紙は、確かに異質に映る。
レオナルドから差し出された便箋を受け取ったアイリは、そっと便箋を開く。
「……!!」
達筆な文字に目を通していくアイリの目に、みるみる影が翳っていく。
「ほら、なんて書いてある?」
「読んでみてよ」
「……コワイ」
アイリの言葉に、全員が虚をつかれたような表情になった。
「どうしたの?」
「姫、落ち着いて」
アイリは、心臓がガンガンと音を立てて止まらないのを、なんとか落ち着かせようとした。
便箋に直接刻んだかのような、強い文字。アイリが今まで、あまり感じた事のない恐怖。それが手紙から溢れ出ている。
──この強い胸騒ぎは。
アイリは意を決して、口を開く。
「セロマって人、知ってる?」
その名前に、ナエカ、レオナルド、そしてベルの三人はビクッと明らかに顔色を変え、固まった。
シキはその名前に、大きく首をかしげる。
「セロマ?……どこかで聞いたような気がするね」
アイリは改めて、三人に向き直った。
「ねぇ、セロマって誰!? どういう人!?」