第150話 手前
【東側 コドマ通り】
「く~~っ!!!」
タヤローパ、に向かう門。
門の前に高く立ちはだかる、固い鉄柵。ジェイは、全力でその鉄柵を押し上げようと力を込めた。
だがもう一歩までいくものの、鉄柵の重さに力尽きてしまう。ガシャンと音を立てて、柵はまた閉まってしまった。
「あっかん!! 重いわ、コレ」
「何やってるの、ジェイジーさん」
「重いんですか?」
「やかましいわ、もう一回」
外野にやいのやいの言われながらも、もう一度柵に手をかける。
そんなジェイを見かねたのだろう。ヨースラもジェイの隣にしゃがみ、同じように鉄柵に手をかけた。
「ちょ、待てや」
待ったの声をかけたが、既に遅い。ヨースラはあっさりと、鉄柵を上に押し上げてしまった。
──ガシャン!!!
「上がりました!」
鉄柵は完全に押し上げられ、頭上で固定され落ちてくる様子も無い。いかにもな開かずの扉で、長年動いていないようだったが、無事に動いてくれたようだ。
「ヨースラ兄ちゃん、スゴイ!!」
トニーは大はしゃぎで、拍手でヨースラを讃えた。伊達に長年、力仕事をこなしてきたわけではない。
無駄に使った体力。トニーが喜んで笑顔になるヨースラを尻目に、ジェイはため息をついて鉄柵の奥に進む。
確かに鉄柵は重たかったのだが、なんとも情けない。呼吸が乱れるのを、無理やり整える。
「これやな、ララさんが言うとったんは」
門の奥、先程の広場と同じようにぽっかりと空間が空く。
少し違うのは、魚の鱗のような模様が刻まれた石が、渦巻きをなぞるように並べられていることだ。
恐らくこの並びと模様で、何かを表現しているようだが、よく分からない。
トニーはゆっくりと、石の一つに近付いていく。そっと石に触れると、ひんやりとして無機質な感触があった。
「わぁ、つるつる」
「変わった石ですね」
「うーん……。ララさん、ここやんな?」
ララの話では、ここにタヤローパに続く抜け道がある、ということだったが。
ララは硬い表情のまま、石を見つめているだけ。
「ララさん?」
話しかけてもやはり、どこか上の空だ。
ハッとジェイの呼びかけに気付くと、ララは躊躇いながらも、口を開く。
「え、えぇ。石を動かさないといけなくて」
「んん?」
「これ、動くんですか?」
そう言われ、石を動かそうとしゃがんだその時──広場に影が射した。
「……!!」
「え!?」
ジェイとトニーは、揃って大きく目を見開いた。一呼吸する前には、いなかったはずの存在。
ヨースラとララも気付き、ハッと空を見上げた。
「まさか……」
「な、なんで!?」
空には劣るが、視界を遮る程の大きなバルーンが、いつのまにか真上に浮かんでいた。
広場に巨大な影を落とし、君臨する。
まさに、話に聞いた教会に現れたバルーン。教会の人々を飲み込んだ存在。
「こりゃ、えらい大きいやんけ」
「どうして!? さっきは、ちゃんと来るのが分かったのに!!」
トニーは呆然と、バルーンを見上げる。
「あの中に教会の皆さんが?」
「タヤローパに連れて行く、言うてたもんなぁ。あれで運んどるんや」
聞いていたタヤローパよりは、手前に現れたようだ。だが、手間が省けていい。
ヨースラは持っていた小刀を取り出し、スッと構える。
「どこ狙いますか?」
「せやなぁ」
少し思案した、その時。
がくん。
「!!」
ジェイの足が、ガクンと沈む。
いや、沈んだのではない。足に何かがビッシリと取りつき、足の重みが増したのだ。
「ジェイさん!!」
「な、なんやこれ!?」
それは、カラフルな飴玉の形をしたバルーンだった。小さな小さなバルーンが、いくつもジェイの足にくっついて離れない。
ジェイの焦りが伝わったのか、トニーもジェイに駆け寄る。
「どうしたの、ジェイジー!」
「くっついて……」
叩いて落とそうとするが、どうやってくっついているのか、なかなか落ちない。重みはどんどん増していく。
「ダメだ、とれないよぉ!」
トニーも剥がそうとするが、トニーの小さな手では無意味だ。
「あ、あそこから!!」
よく見ると、小さなバルーンはあの大きなバルーンから放たれているようだ。
バルーンに小さな穴が空き、細い糸がスルスルと伸びていく。そして、何者かが姿を現す。
バルーンの糸を掴み、笑みを浮かべながら。
「ケヘッ! 捕まえた人間の奴らは、もうここにはいないですや。わざわざ来るなんて、頭の弱いことですかいよ」