第149話 皿
【オリレア通り】
【喫茶店 エコンテ】
「はい、お待たせ~!」
「うわぁ~~!!」
目の前の皿に盛られた大きなザンデリに、アイリ達は歓声を上げた。
ラメルティのザンデリはキトリとハチミツのトッピングだったが、この店のザンデリはバニラソースに、緑色のナッツをふりかけている。
滑らかに流れる白いソース、ザンデリの分厚い生地に、胸も膨らむ。
「どうぞ」
「いただきまーす!!」
元気に声を揃えると、フォークを突き刺し一斉に頬張る。
トロトロのソースが、フォークに絡む。
口に入った瞬間、一同は顔色を変え手を止めた。示し合わせたように、ピタッと時間が止まる。
「……ん?」
「おいしい!!」
真っ先に声を上げたのは、アイリだった。
フォークを片手に、レオナルドとナエカも続く。
「うんめ~!!」
「本当、おいしい」
頬を綻ばせる一同に、店員も笑顔を浮かべる。
「そう言ってくれると嬉しいな」
「ソース美味しいね、見た目よりあっさりしてて」
シキもご満悦な様子で、サクサクと軽く食べ進めていく。食べ慣れたその様子に、ナエカは目を丸くした。
「シキ君も、ザンデリとか食べるんだね」
「勿論だよ。庶民の間で流行ってるスイーツには興味があるし、うちのお抱えシェフもたまに作ってくれたしね。シェフのは甘みが強くて、あまり好みではないけど」
有名レストランから引き抜いてきたというシェフ相手に、随分な物言いをする。
優雅だが淡々とした口調のシキに、他の三人は曖昧な笑みを浮かべた。
──庶民って。
「それにしても」
アイリは、店内をグルリと見回した。お昼時だというのに、店の客はアイリ達と、奥の方で一人腰掛けている老人しかいない。
老人はこっくりこっくりとしていて、今にも寝てしまいそうな様子だ。剣の団には気付くこともなく、のんびりと机にもたれかかっている。
「こんなにおいしいのに、お客さんいないね」
店員は老人にチラッと視線を向けると、諦めたように小さくため息をつく。
「やっぱりどうしても立地が悪いからね、開店したばかりなのもあるけど」
「リッチ?」
「店の建っている場所のことだよ、姫」
確かにこの店は中央通りから近いものの、小さな通りの少し入り組んだ場所にある。通りの人々から、気づかれにくいのかもしれない。
店員は苦笑いを浮かべた。
「店長がいい場所獲れなかった、って嘆いてたよ」
だから好き勝手やってるけれど、と付け足す。
やはり、店をやっていくのも色々大変なのだろう。そんな店員に、シキは満面の笑顔を向ける。
「心配いらないよ、お兄さん。この僕達が宣伝すれば、あっという間にお客さんがいっぱい来るさ」
「え」
得意げになるシキに、レオナルドも乗っかる。
「そうじゃん、オレ達で宣伝しようぜ!! ここおいしいし!!」
「宣伝、か」
「センデン?」
「何かあるかな」
ナエカもホットチョコレートを口にしながら、宣伝方法を考えだした。目を白黒させているアイリの前で。
気前のいい彼等に、店員はアハハ、と笑いだす。
「それは有難いなぁ。でも、それはそれで俺が大変になっちゃうから」
「あ」
店長のせいで店には今、彼しかいないのだ。それにも関わらずお客が押し寄せると、店員の負担は計り知れない。
そこまでは考えが及ばず、一同は表情を僅かに曇らせた。アイリ以外は。
「また寄ってくださいよ、それで充分嬉しいですから」
「そうさせてもらおうかな」
シキの言葉に、皆もつられたように頷く。ナエカは自分が紹介したこともあり、ホッとした様子で明るい笑顔を浮かべた。
「他の料理も気になるなぁ」
「これ、何て書いてあるの?」
「おー、それいいじゃん!」
再び和やかな空気になり、手と口を動かす。たわいもない話で盛り上がっていると、ふとレオナルドが眉をひそめ、机から少し身を乗り出した。
「なぁ、そろそろ時間じゃね?」
「そうだね」
ここの雰囲気はのんびりしていて、時間が経つのを忘れそうだ。
「大丈夫でしょ、おかわり追加しようかな」
シキが上機嫌でそう告げた──次の瞬間。
ピッピッピッ!!
アイリが持つ通信機が鳴った。滅多に鳴らないと噂の、一応通信機。
「あれ」
「噂をすればだね。ひょっとして、怒られるかな」
遅れてはいない筈だが、一同は少し気まずそうに、目を見合わせた。皆の視線に促され、アイリは通信機を手に取る。
「もしもし」
『もしもし、アイリ?』
通信機越しに、深刻そうなエリーナの声が聴こえてきた。
エリーナは外出している筈で、アイリ達は驚いてキョトンとなる。
「エリーナさん、どうしたんですか?」
『アイリ、今どこにいるの?』
いつも冷静なその声が、今日はどこか緊迫感を漂わせている。大体の場所を教えると、エリーナは少し安堵したようだった。
『じゃあ、パレスの近くにいるのね。アイリ、今からあなたの家に戻れないかしら』
「家に?」
『そう、あなたの家』
アパートメントに戻れ、と言う。予想もしなかったエリーナの言葉に、アイリは動揺した。
「私の家に?……どうしてですか?」
『正確には、帰ってルノの様子を見に行って欲しいのよ』
何故そこでルノの名前が出るのか。ルノは今日、休みだった筈だが。
「ルノさん、何かあったんですか?」
『何かあったみたいなのよ。詳しい事は迎えをよこすから、その子に聞いて。とにかく、頼んだわよ』
「あの、エリーナさん!?」
エリーナはそう告げると、通信機を切ってしまった。虚しい無音が、通信機から聞こえてくる。
「あらら、切れちゃったね」
ルノの身に何があったのか。とにかく、アパートメントに帰らなければならない。
「迎えが来るって言ってたけど……」
困惑しながらも、アイリは席から立ち上がる。アイリが席を立つのに合わせ、他の三人も席から次々に立ち上がり始めた。
「え、みんなも来るの?」
「気になるじゃんよ」
「おかわりしたかったけどねー」
「行こう」
……ルノさんの家、気になるし。
ナエカがボソッとそう呟くのを、アイリは聞き逃さなかった。さすが、生粋のファンは違う。
アイリが帰ろうとするのを見て、店員がサッと手早く皿を片付け始める。気付いたアイリは、慌てて頭を下げた。
「ごめんなさい、もう少しいたかったけれど」
「──また、いつでもお越しください。今度は、もう一人の方も一緒に」
なんとなく皆が口に出すのを避けていたのだが、店員には気づかれていたらしい。
「はい!」
ここにいないもう一人を思い返し、アイリは笑顔で返事をして店を後にしたのだった。