第148話 茂み
【リハ大橋】
しばらく通行止めになっていた、人の往来の少ない橋。補修工事が終わり、ようやく渡れるようになったばかりだ。
この橋が今でも通行止めだったなら、かなり遠回りをしなければならないところだった──らしい。
橋を渡り切ったところで、ジェイとヨースラはスクーターを停めた。
普段はスケートボードで移動するヨースラだが、ララにトニーまで着いてきたので、久しぶりの慣れないスクーターだ。
「とうちゃ〜く」
真っ先にスクーターから降りて、スタスタと躊躇わず足を進めるトニー。ジェイは感嘆しながら、彼の横について行く。
「はぁ~大したもんやな」
「これくらいできるもん」
木の杖をコツコツと鳴らしながら、迷いなく足を運ぶ。その音も軽やかで心地よい。
「その杖は何なんや?」
「ロットマイヤーさんに持てって言われてるんだ。危ないから、転ばないようにって」
「なるほどな。石とか段差とかデコボコとか、自分で気付く為っちゅうことか」
その割には、杖が無くても障害物が分かっているような節がある。目が見えないのが信じられない程、滑らかに歩いているのだ。
「そりゃ凄いけどな、やっぱパレスで待ってた方がええんとちゃうんか?」
「え?」
「見えざる者かもしれへんで?」
着いていくと言って聞かなかった。
ジェイの心配する物言いに、トニーは不満そうな表情でこちらを向く。
「イヤだよそんなの、ボクだってちゃんとできるんだから。それに、言ったでしょ? ハンニンのアイツが分かるのは、ボクだけなんだからね?」
パレスでもそう主張し、譲らなかった。事実、ジェイ達はアイツ、と会っても分からないわけで。
「そいつの声だけで分かるんか?」
「声なんていらないよ、会ったら分かるよ」
少々信じられない話で、ジェイは首を傾げる。
トニーも最早、意地になっているようにも見える。絶対ついていく、と豪語しプイッと前を向いてしまった。
「ちょ、先々行くなや!!」
「へーんだ」
見えないなんてなんのその。ジェイは、思わずため息をつく。
「カリンちゃん、今頃拗ねてるでしょうね」
困惑するジェイの横に着いてきたヨースラの言葉に、ジェイはニヤリと笑って頷く。
「せやな。まぁ、昼過ぎたらあの子らも帰ってくるんや。心配無いやろ」
その時、ヨースラは気付いて立ち止まる。ララが後ろから着いてきていなかったのだ。
「ララさん、こっちでいいんですよね?」
声をかけたのだが、ララはどこか心ここに在らずだった。ヨースラの声も聞こえていないようで、足取りも重い。かなり距離を離してしまっていた。
「……ララさん?」
ヨースラが怪訝な顔で声をかけると、ララはビクッとしながらも顔を上げこちらを向く。
「どうかしましたか?」
「い、いぇ、ちょっと」
顔色も悪いようだ。
教会の人達が心配なのだろう。ヨースラは落ち着かせようと、笑顔を浮かべる。
「教会の人達は大丈夫ですよ、僕達が必ず助け出しますから」
「えぇ」
「早く行かなきゃ」
ララの返事は妙に歯切れが悪かった。だが、意を決したように足を早めていく。
ヨースラは内心首を傾げながらも、先に行ったジェイとトニーを追いかけていく。
「こっちやったな?」
「そうです、そこを左」
橋の向こう側。住宅に囲まれた狭い道を抜け、坂を登るその途中にその場所はあった。
「ここ、ですか?」
言われなければ、まず気づかないだろう。
茂みの中に佇む、古びて錆びた鉄の門。よく見ると、門の上には小さな十字架が飾ってあった。
その奥には、茂みに埋もれて途切れてしまいそうな、細い道が続く。
「ここがタヤローパやて?」
「この先にあるんです、もう長く使われてないですけど」
昔の礼拝所の跡地で、神聖な場所だと言われている。神聖である故立ち入ってはいけない、という昔からの言い伝えがあり、誰も近付かないそうだ。
あそこまで荒れ果てては、かえってお怒りをかうのではと、かつて神父が嘆いていた。
そんな場所が、見えざる者に見つかったのか。
「こんなところに、見えざる者と教会の人達が?」
「何するつもりなんや、ここで」
「行きましょう」
ララが軽く手で押すと、門はあっさり開いた。無用心にも、鍵すらかかっていないようだ。
道とも言えないような細い細い道を、ひたすら歩く。伸び切った茂みの草が視界を遮り、チクチク刺してきて邪魔をした。
ジェイは歩きながら意識を集中させ、中の様子を探っていく。
「……変やな、人の気配がせえへん」
それどころか、長い間誰も足を踏み入れていないのではないか。
耳に入ってくる音が、奇妙な程小さい。がさがさと揺れる、茂みの音だけ。
すぐ近くには、人が住む住宅があるのに。
「奥です、奥に抜け道があって」
「抜け道?」
「そこからタヤローパに出られ──あ、そこです」
伸び切った草が無くなり、開けた場所に出る。
そこだけ枯れてしまったように、ぽっかりと空いた広場。
石ころだらけの地面の中央に、円状にレンガが敷き詰められている。恐らく、昔はここに建物があったのだろう。
その奥に。
「この門の先が、タヤローパです」