第146話 案内
「私はララ、この子はトニーくんです」
ララというそのシスターは、緊張のあまり唇を震わせていたが、ようやく口を開いた。どこか落ち着かず、焦っているようだ。
隣に座る少年──トニーは、目が見えないのだという。俯いて黙ったままで、ドナが運んできたお茶にも、余裕が無いのか口にしようとしない。
「私のいる教会が、さっき大きなバルーンに覆われたんです。教会だけを狙ったように」
「え!?」
「バルーンやて?」
「風船……?」
まるで、意思を持っているような巨大なバルーン。すっぽりと教会を覆ってしまった。
「気球みたいなバルーンで、私達もバルーンに巻き込まれて中に……。気付いたら、不思議な空間にいて」
飲み込まれた、あの時。
目を開けると、そこは一変していた。
「し、神父様……」
「ひいぃいい」
可愛らしいふかふかのピンクのマットに、そこら中に転がるプレゼントや風船。リボンで紙の花で、めいいっぱい飾られていた。
まるでパーティーをする誰かの部屋にでも来たような、明るく可愛らしい部屋だった。
「それは、見えざる者の仕業でしょうね」
ヨースラの見えざる者、という言葉にララは素早く反応し、興奮してガタッとソファーから立ち上がった。動揺しきったララを、ドナが落ち着かせる。
「すみません……」
「いや、ええんですよ。それで、バルーンに覆われて、どないなったんです?」
「はい、そしたら急に部屋が暗くなって」
暗闇の中で、誰かの高らかに宣言する声がしたという。顔の見えない存在。
「お前達は人質だ、言うことを聞かなければ命は無いと」
「人質?」
「人の言葉喋れるんやな……」
そのまま、教会の人達はバルーンに閉じ込められてしまったのだ。聞いていたショウリュウの目が、キッと鋭くなる。
「誘拐……」
ただ、ララはバルーンから抜け出すことが出来た。そして、トニーも。
「トニーくんが外に出たのを見て、私もその後で。二人でここまで逃げてきたんです」
「ほぉ、よお逃げれたな」
実は二人は飲み込まれた後、バルーンの空間の隅にいたのだ。トニーが後ろの柔らかい壁──つまり、バルーンに直接触れた瞬間。
「ここから出れそうだって、バルーンの裾をめくっちゃったんです」
「めくったあ!?」
──まさかの発想だ。
ギョッとする一同に、トニーはえへん、と胸を張る。
「ボクには暗いなんて、カンケーないもん」
「なるほど、気球ね。下は空っぽってわけだ」
感心するショウリュウに、ララは少し笑顔を取り戻す。しかし、すぐに神妙な表情に戻った。
「そしたら、教会に戻れたんですが」
バルーンをめくって外に出ると、元の教会に戻ることが出来た。だが、もうそこにバルーンは無かった。
教会の人達を連れ去ったまま、消えたバルーン。
そこから必死に、パレスに向かったのだ。剣の団を頼って。
「トニーくんが出て、私が出ようとした時に誰かが言ったんです」
ララがバルーンの裾に触れようとした、その時。
「そろそろこいつら移動させるぞ、タヤローパにって」
「タヤローパ?」
「心当たりがあります、私が案内します」
グイッと前のめりになるララに、ジェイ達は戸惑いを隠せない。
「案内って、一緒に行くのぉ?」
「道がややこしいんです、任せてください。早くしないと教会の人達が、大変な事に」
人質を集め、何かを起こそうとしているのだ。
必死なララだが、少し冷静になったのか、目線を下げて俯く。
「一つ、さっきからトニーくんが気になる事を言ってて」
「気になる事?」
聞き返すヨースラに、ララは躊躇いながらも口を開く。
「トニーくんが、その……犯人は見えざる者じゃなくて、人だって言うんです」
その言葉に、皆が目を見開き固まった。カリンはバッとトニーの方を向く。
「ホントに?」
「ホントだよ! あれは、見えざる者じゃないよ。ボクは分かるんだ」
確信があるように断言するトニーに、一同は戸惑いを隠せない。
「い、いやでも、バルーンに覆われたんですよね?」
「そうだよ。でも、ヒトジチダ!──とか言ってたのは、ちゃんと人だったよ」
確かに、ほとんどの見えざる者は人の言葉をきちんと話せないのだ。見えざる者にしては流暢ではないか。
それが事実なら、人と見えざる者が手を組んだ事になる。
「信じてよ! ボクは見えないけど、人間と見えざる者のちがいくらい、分かるんだから」
嘘偽りの無い、揺れる瞳。ジェイは首をかしげた。
「うーん、ちょっと状況が分からへんな。ララさんはそいつの顔見たんか?」
ジェイの問いかけに、ララは首を横に振る。
「いぇ、暗闇でしたし……人だったかどうかは」
もし、トニーの言う通りなら。
「例の、グルベールって奴かもしれないな」
「……!!」
アイリとルノが出会った、不気味な存在。見えざる者なのか、人間なのか謎の男。
緊張に包まれる一同に向かって、ララはソファーから再び立ち上がると、深々とお辞儀した。
「お願いします。どうか、どうか私と一緒に来てください!! 神父様が、皆さんが危険なんです!!」
「……」
皆のどうする、と問いかける視線がジェイに向けられる。
見えざる者が起こした事件。
団長であるエリーナが不在の今、副団長であるジェイが決めなければならない。
ジェイは深くため息をつく。
「まぁ、選択肢は無いわなぁ」