第145話 暇
【パレス 大広間】
「えーー!?? あのザンデリのお店、無くなっちゃったの!??」
アイリの大きな声が広間に響く。
嘆きの声を上げるアイリに、ナエカはコクリと頷いた。
「無くなっちゃったわけじゃないんだけど、移転しちゃったんだって」
「イテン?」
「えっと、引っ越しちゃったってことだよ。ミグペン通りにね」
ミグペン通りはシティーの東の端の方で、パレスからはやや遠い。聞いていたレオナルドも、不満の声をあげた。
「マジか、ミグペンって遠いじゃん……。あそこのザンデリ、うまかったのになぁ」
「残念だね……」
「はぁ……」
三人揃ってため息を漏らす。
休みの時間にあのお店に行こうと提案したアイリに、ナエカが待ったをかけたのだ。
シキは行ったことのない店の名前に、ふーん、と呟く。
「ラメルティ、か。そんなに美味しいのかい?」
「うまいんだよマジで!! いっつも混んでるんだけど」
しかし、残念ながらそのお店はパレスから離れてしまった。
「でも、他に美味しいザンデリのお店見つけたんだ」
ナエカの言葉に、アイリとレオナルドはバッと顔を上げる。
「ホント!?」
「マジで!? どこ!?」
「近いよ。オープンしたばかりで──ちょっと変わったお店なんだけど、行ってみる?」
「行くーー!!」
アイリとレオナルドは目を輝かせ、手を挙げて元気に返事をした。
「シキも行こうよ!」
そうアイリに声をかけられたシキは、腰掛けていたソファーからスッと立ち上がる。そしてアイリに向かって、にっこりと微笑みかけた。
「勿論」
「よっしゃあ!」
「ショウリュウも……」
行こうよと言いかけたのだが、ショウリュウは遮るように、目を通していた新聞をバサッと閉じた。
「却下」
「キャッカ?」
「行かない」
そう言い捨てると、新聞に目を戻してしまう。
「なんだよ、行こうぜ?」
「そんな気分じゃねーの。そっちで行ってくればいいだろ?」
バッサリと断られ、言い出しっぺであるナエカはしゅんと俯いてしまう。
そのままそっぽを向いてしまった。先日の影の一件で、少しは親しくなれたと思ったのだが、思い違いだったようだ。
どうしたものか、とアイリとレオナルドは困惑して目を見合わせる。そんな二人の間を、シキがニッコリ笑って割りこんできた。
「まぁまぁ、あんなオカタイ坊やはほっといて行こうか。おーいしいおーいしい、ザンデリだよ? ね?」
「おい」
流石に抗議するショウリュウを他所に、シキは三人を促して出て行こうとする。
「で、でも」
「いいからいいから。じゃ、行ってくるからね~」
シキが優雅に後ろ手で手を振り、四人は揃って広間を出て行ってしまった。
バタンと扉が閉まった瞬間、ジェイはふう、と小さく息をつく。
「平和やなぁ……」
「そうですね。ルノさんが休みの日にエリーナさんまでいないから、忙しくなるかと思ってたんですけど」
結局、今のところ何の依頼も音沙汰も無い。最近では珍しく、余裕のある日だ。
カリンはぐだっと、テーブルにもたれかかった。
「暇だよねぇ~、カリンはジッとしてるの苦手だよぉ」
「俺らに仕事が無いんは、ええ事やんけ」
「そうですよ、カリンちゃん。見えざる者が出てない、困っている人がいないという事ですから」
笑顔でそう諭してくるジェイとヨースラに、カリンはもどかしいような表情でうずうずし始めた。
「そうなんだけどぉ、ジッとしてるのも落ち着かないって言うか……はぁ」
再びぐだっとテーブルにもたれかかり、テーブルクロスがずれてしまう。この退屈はどうしようもない。
「カリンもザンデリ、食べようかなぁ」
「やめとけや」
ジェイは、チラッと後ろにいるショウリュウに視線を向けた。
ショウリュウは先輩達の会話など耳に入らない様子で、新聞をジッと読み進めている。気になる記事でもあるのか。
『マジェラ商会会長のご令嬢、初めての依頼を達成』
はっきりと読める、今日の新聞の見出し。
ジェイは席から立ち上がり、ショウリュウに近づいた。突然ジェイが真横に立つので、流石にショウリュウも新聞から目を離し、こちらを向く。
「何だよ」
「こんな平和なんやし、一緒に行ったっても良かったんちゃうかとは思うねんけどな」
「……言っただろ、そういう気分じゃねーの」
冷たく言い放つと、サッサと新聞に目を戻す。
気になったジェイは、ひょこっと後ろからその記事を覗いてみた。ヨースラも一緒になって覗きだす。
「だから何だよ!!」
ギョッとしてムキになるショウリュウに、ジェイもヨースラもアハハ、と笑顔で返す。
広間が少し賑やかになった──その時。
パタパタパタパタ!!
扉の向こうから、何人かの足音が響いて聞こえてきた。
その音で、その場にいた全員の動きが止まる。
「……何でしょう?」
バン!!!
扉が荒々しく開けられ、ドナが見知らぬ二人を連れて広間に入ってきた。ドナが珍しく動揺しているように見える。
「ドナちゃん」
「お客様です」
「お客さん?」
一人は、まだ歳若いシスター。もう一人は小さい男の子。男の子の方は杖を持っている。
シスターは少年に寄り添っていた。少年が足がもつれそうになるのを、シスターが支える。
「どちら様ですか?」
余程焦って駆け込んできたのか、二人は揃いも揃って息を切らしたままだ。
シスターは息を吐きながら、混乱と興奮を貼り付けた顔をグッと上げる。
そして、土下座せんばかりの勢いで大きく頭を下げた。
「どうかお助けを、助けてください!! 私と一緒に来てください!!!」