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第143話 宛名

【セントバーミルダ通り 269-12】


【アパートメント アリビオ】



ルノはその日、休みだった。


その日の朝もいつもと変わりなく、カーテンから陽射しが差し込む穏やかな朝だ。



『テイクン中央放送局、7時のニュースをお伝えします。テイクンシティー、リハ本通りの修復工事がようやく完了し、リハ大橋も通行が可能になりました。このリハ本通りでは一月ひとつき前、見えざる者により……』



テレビに映る報道官の声を聞き流しながら、ルノは片手で軽く卵を割った。軽く卵をとくと、フライパンに流し込む。


フライパンの横では小さな鍋がぐつぐつと、もうすぐスープ出来上がる事を報せている。


オレンジとクリームの白で色づいたそのスープから、ひょっこりと瓜が顔を覗かせていた。


フライパンをサッと返し皿に盛ると、出来上がったのはオムレツだ。オムレツには色とりどりの豆とハムを混ぜ込んであり、見た目も華やか。


幼い頃から培った料理の腕は、新聞のコラムに取り上げられるまでになっていた。もっとも、口下手なルノが相手で、記者は苦労したという話だが。



リリリリ!!



電話が鳴り、ルノは火を止めて受話器を取る。



「もしもし」



聞き慣れた相手の声が、受話器から聞こえてきた。いつもより上機嫌に聞こえるのは、気のせいではないだろう。


この時間に電話をかけてくる者など、限られている。ジェイなどは電話は使わず、頭に直接連絡してくるのだ。通信料の節約ではないか。



「はい、野菜ありがとうございました。ちょうどスープにして瓜を──いぇ、今日は休みです。いや、特に何も」



特に何も、と言ってしまったのがよくなったのだろう。


やたらと心配して色々提言してくる電話の相手に、ルノの頬も僅かに緩む。



「大丈夫です、たまには外にも出ますよ。そっちはまだ寒いみたいですね。……はい、お気をつけて」



たわいもない会話を交わし、電話を切る。これもいつもの事だ、心配されるのも。


出来上がった料理を、テーブルに丁寧に並べていく。


オムレツが盛られた皿は、エリーナから貰ったお気に入りだ。雨の雫のような、不思議な模様が気に入っていた。


皿だけではない、ルノの部屋の家具はほとんどが貰ったもので構成されている。たまに気付いて少し虚しくなるのを、無理やり振り払うのにも慣れた。



『市場も、朝早くから準備が進んでいます。今日は特売の日で、大賑わいの予感! 今日の目玉は、なんといっても……』



チラッと横目でニュースを観ながら、さっさと食事を済ませ皿をシンクに運ぶ。


公休にも関わらず早起きだった。特に用事は無くても、なんとなくいつもの通りに行動してしまう。


そういえば、隣人はもう家を出たのだろうか。


まだ新聞に目を通していなかった事に気がつき、机の上に無造作に置いていた、今日の朝刊をさりげなく掴む。



──バサッ。



その時、何かが床に落ちる音が聞こえた。ふと視線を下に向けると、床に一通の白い封筒が転がっている。


何も模様が無い、無地の何の変哲もない小さな封筒。


封筒が新聞に挟まっていて、気が付かなかったらしい。屈んで拾い上げ、文字を確認するとルノは怪訝な表情になった。



『ルノ・ヴァン・ドゥンケルハイト様』



封筒には確かに宛名が書いてある。しかし、差出人の名前が無かった。切手も貼られていない。


これでは届くわけがない。つまり手紙の差出人は、このアパートにわざわざ出向き、ポストに直接封筒を放り込んだということだ。


一体、誰からなんだ。


不穏な何かを感じながらも、ルノはピリピリと封筒を破き中の手紙を確認する。



『ルノ・ヴァン・ドゥンケルハイト様へ』



やたら達筆で書かれた文章を読み進めていく内に、ルノの目は色を失っていく。瞬きもせずに文字を追う。



「………!!」



どのくらいの間、手紙を手に立ち尽くしていただろうか。



ルノは意を決したかのように、手紙をその場に投げ捨た。隣の自室に一直線に駆け込み、上着をひったくるように掴む。



バン!!!



そして大きな音を立てながら、部屋を飛び出した。



手紙の最後は、こう締め括られていた。




『心からの敬意を込めて』



『セロマ・グラン』



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