第141話 余計
「あーあ」
パチン、パチン。
小気味いい音。哀れなその光景を建物の上から見ていた依頼人は、小馬鹿にしたように意地の悪い笑みを浮かべた。
口調だけは、残念そうに取り繕っていたけれども。
「いいのかねぇ。あいつら新入りでしょう? いくら四人がかりだからって、新入りちゃんにやられちゃうようじゃ……。大丈夫なのかなぁ、そちらさんは」
──心配になっちゃうよねぇ。
皮肉混じりに気遣うふりをする依頼人に、ムアチェレはムッと顔をしかめた。
パチン、パチンと弾く爪の音がなんともうるさい。依頼者の癖だろう。
「ケヘッ! 無能なあの兄弟と、あっしゃを一緒にするんですかい。あの兄弟はあっしゃより先に産まれたのに、人間の言葉を話せない無能ですかいよ」
「そっちもそんなに話せてないじゃん」
「それに、あの兄弟はカシュマールの手下ですや。カシュマールは頭が弱いですかいよ。あっしゃの手下は、カシュマールみたいに頭が弱くないですや」
「ああ、そう。まぁ、足を引っ張らないならね」
癪に触ったのか、ムアチェレは顔をしかめてプイッとそっぽを向いてしまう。
あの無能一人いなくなっところで、何になると言うのだ。大雑把なカシュマールが、ちゃんと部下を見ていないからだろう。
──だから、あのような無能が育つのだ。
「カシュマールのせいですかい、あっしゃは知らないですや」
依頼人はこっちこそ知らないから、と呟くとゆっくり立ち上がった。結んだ鳶色の髪が、左右に揺れる。
身を乗り出し、双眼鏡で彼等の様子を眺める。
「大丈夫なのかねぇ、そちらの手下さんは。あれじゃあ心配だなぁ──おほ、あの子カワイイ」
「しんぱい? そちらさんが言ってたことですかいよ、あのセイモノは大したことないーって」
「ニセモノ、ね」
パチン。
また爪を弾き、音を鳴らす。
「まぁ確かに、あいつは大したことないから。ニセモノでしかない」
そうだ。あいつ、いやあいつらなんて大したことない。だから街に現れたニセモノだって、弱い奴らだった。
ただ、それを証明するだけの話だ。
「それにしても、こんなあっさり話に乗ってくれるとは思ってなかったよ」
その言葉に、ムアチェレはニィッと含んだ笑みを浮かべる。
「ケヘッ! 面白そうな話ですから。オドドさまの言いつけで、あまり動けないんでイライラしてたですかいよ」
オドド、という言葉。その名前に、依頼人は、ピクリと眉を動かして反応する。
少し怖気付いたようだが、覆い隠すようにハハ、と高らかに笑いだす。
「あれ、いいのかなぁ。ご主人様の言いつけに逆らっていいのー?」
「オドド様ですかい。あの方は計画をジャマしなきゃ、大丈夫じゃないですかいね」
オドド様は優しい方だから、きっとお許しくださる。
余裕綽々でそう答えるムアチェレに、依頼人は肩をすくめた。
「ふぅん、優しいんだかどうなんだか。こっちの準備は大方終わってるんだけど、そっちは?」
「おおかた?……多かった?」
「……もう動けるって言ってんの。そっちは?」
その言葉に、ムアチェレはギョッとした表情になった。
「ケヘッ! もう動けるのですかい、時間かかると聞いたからですかいよ」
「そっちこそのんびりしてたのかな、もうとっくに準備出来たよ」
いちいち余計な言葉を挟む依頼人に、ムアチェレは不満そうに眉をひそめる。
「抜かりはないんですかい?」
「当然」
この時を心待ちにしてきたのだ、ずっと。
全てを踏みにじられた、あの時から。
「ワクワクしてたまらないよ〜。あああ、今から楽しみだよねえ!」
目を爛々と輝かせ、パチン、パチンと音を鳴らす。
どんな顔をするだろうか、喜ぶだろうか。喜んでくれるだろうか。折角準備したのだ。
「全身がみなぎるようだよおお!!」
全身から、喜びが溢れだす。
高らかに叫ぶ依頼人に、ムアチェレははぁ、とため息を吐く。
「……あっしゃより、そちらさんのがよっぽどおかしいですや」