第140話 不発
「動かない!!」
たっぷりと地面を覆う影。
おまじないで動く筈の影は、その場から全く動かない。冷たさが見えざる者に射したまま。
自然なままの生きた影が、そこにある。
「そんな!!」
「失敗したってのかよ!?」
「おまじない、おまじない、おまじない!!」
混乱したナエカは、もう一度影に向かっておまじないを連発する。
今度こそ、もう一度、今度こそ!!
「……あ!!」
アイリは思わず声をあげた。
見えざる者の足が、僅かだが影に沈んでいる。
ズブズブと、アイリ達に見せつけるようにゆっくりと。また術を使うつもりだ。
「あいつ、影を使うぜ!!」
ショウリュウの推理通りだった。影を使い、影から影へ移動する能力。移動し、また小さな子供を狙うのか。
無くした表情の代わりか、見えざる者の首がケタケタ、と細かく横に揺れる。
戸惑うアイリ達を、とことんまで嘲笑うかのよう。
「おまじないが……」
外れてしまったのか。
地面に手を付きながら、思わず唇を噛み締めるナエカ。アイリとレオナルドも息を呑む。
その後ろで、ショウリュウはただ一人口角を上げ、フッと笑みを浮かべていた。確信の笑みを。
来たか。
「ピャアアアアアア!!」
観客を前に大きく手を広げる、見えざる者。
──さあ、今から影から影に移動するので、皆様観てください!!
見せつけるように堂々と立ち……そして、そのまま動かない。
「ん?」
「え?」
「ピャア?」
ぽかんと、時間が止まる。
ならば、もう一度移動するまで。いや、やはり動かない。
見えざる者は、影を見下ろしながら首を傾げ、思い切って足を振り上げた。影に向かって、強く強く足を踏み込む。
ダン、ダン。
地響きが鳴るだけ。やはり、特に何も起こらない。
ただただ、生きている影を踏みつけているだけ。
「……あれ?」
そう呟いたのはアイリだったが、見えざる者もそう呟きたかっただろう。
影は場所を変えたわけではない、影に入り込み移動出来る筈。しかし、何故か入り込めない。
影が全く反応しない。見えざる者の術が、影に対して効かないのだ。
「ピャアアアアアア!!」
ついに、見えざる者は悔しがり声を空に高く上げる。
「ど、どうなってんだあ!?」
「影、使えないの?」
どういう理屈なのかは分からない。
この場にある影は全て、おまじないにより使い物にならなくなってしまったようだ。これも、おまじないの力か。
これでもう、見えざる者は影で移動することは出来ない。
「すげーじゃん、ナエカ!!」
「わ、わたし」
これがまさに、予想外の結果。
バンバン、と強く背中を叩いてくるレオナルドに、ナエカはワタワタするばかり。
──作戦成功だ。
「浮かれてる場合かよ」
ショウリュウが割り込み、再びスッと札を取り出す。
「ピャアアアアアア!!」
見えざる者を逃げられなくはした。
あとは。
「あと一発!」
レオナルドのグローブがバンバン、と軽快に音を鳴らす。
ジリジリと、ゆっくり足を近づけてくるショウリュウとレオナルド。その気迫に、流石の見えざる者も後退りする。
ゆっくり、ゆっくりと。
「ピャアアア!!」
見えざる者は焦ったのか、再び口の奥で炎を産み出す。
だが前に進んでいる二人は、何故か視線は後ろに向いていた。
そう、アイリの方に。
アイリはしっかりと顔を上げ、見えざる者を見据える。
「どうかすべてを還し、灯火を照らして」
見えざる者の進路を断つように、煙が立ち昇る。意思の固まった煙。
時間はもう充分、アイリの術は完成した。
「冥地蘇生!!」
アイリの放つ呪文と共に、見えざる者の背後から何人もの幽霊が姿を現す。
波のように現れる、幽霊達。
その内の一人、爽やかな青年が見えざる者に向かい、軽くウインクする。
「ピャ、ピャアア!!」
なんと口の中にグイッと腕を突っ込み、炎を喉の奥に戻してしまう。
喉を塞がれ、喉が焼け、見えざる者は苦しそうにもがいた。
「ビャア、ビャア」
自らが産み出した火の玉が、喉の奥で暴れて止まらない。
もだえて苦しむ見えざる者の目の前で、サッと二つの影が飛ぶ。
「……!!」
「とっとと」
「くたばれえええ!!!!」
「ピャアアアアアアアアア!!!!」