第139話 連発
「ほら、逃げて!!」
アイリの鋭い一言。
小さな女の子を抱えた女性は、震えながらも立ち上がり逃げ出した。
「ピャアアアアアア!!」
見えざる者は、鬱陶しそうにパンパンと体をはたく。
ゆらゆらと大きな体を揺らしながら、ゆっくりとこちらに向かってくる。
レオナルドの一撃を食らい、その頭は少し凹んでいたが、まだ平気なようだ。
「こいつ、なんでウカのままなんだ?」
「みんなに見られてるよね」
何故だか広場の時とは違い、民にも見える姿になっていた。強いダメージを受けているわけでもないだろうに。
これでは、見えざる者の意味が無い。
アイリ達を誘き出す為か。それとも、肉体を具現化した方が小さな子供を掴みやすいからか。
──それとも。
「……隠す必要がないから?」
ナエカの言葉に、ショウリュウもレオナルドも目を尖らせる。人間、いやアイリ達を舐めているのか。
「来るぞ!!」
「来やがれぇ!!」
ガコッと鈍い音と共に、見えざる者の顎が下に下がっていく。大きくぽっかりと開く口。
ハア〜と吐く息と共に、敷き詰められたギザギザの尖った歯があらわになった。
──あの時と同じだ。
歯の奥から、ゆらゆら揺れる炎が溢れてくる。
「……!!」
四人は溢れ出る炎に、目を見張った。
口からこぼれそうな程に溢れる炎。あきらかに、あの時より多い。
一体、どれほどの数の火の球を放つつもりか。
「ナエカ!!」
レオナルドの声に、ナエカは足を踏み出す。
──そうだ、やらなきゃ!
ナエカが飛び出したのと同時に、見えざる者が放った火の玉が飛び出しす。
アイリ達を狙って、数えきれない火の玉が放たれる。
パキュン、パキュン、パキュン!!
パキュン、パキュン!!
「おまじない、おまじない、おまじない!!」
そう来るのなら、こっちだって連発だ。
ほとんど身体ごと横っ飛びしながら、ナエカは祈りを捧げる。
バァン!!
「……!!」
「ピャアアア!!」
アイリ達に向かって放たれた筈の火の玉は、全てアイリ達の後ろで爆発した。全く明後日の方向で花火が上がる。
一つ残らず、空中で華麗に爆発する炎。成功だ。
「あれだけの数を、全部……」
明らかに精度が上がっている。驚くアイリとショウリュウに、レオナルドはニヤリと笑みを浮かべた。
爛々と目を輝かせると、ずんと前に一歩足を踏み出す。
「ナエカはな、気付いたんだよ」
グローブをぐるぐる振り回し、力を込める。
奮い立つ雰囲気に、見えざる者は少し怯んだのか、ジリジリ後ろに退がっていく。
「おまじないかける時に動いていた方が、おまじないが当たるってさぁ!!」
「えぇ!?」
がくーんと大きく口を開けて、これでもかと驚くアイリ。ナエカは、気恥ずかしそうに俯く。
「だから、なんでレオが言うの……?」
「そうなのー??」
普通、足を止めて集中した方が術は成功しやすいのでは。事実、アイリはそうだという自負がある。
だが、ナエカはそうではなかったらしい。
レオナルドは見えざる者に見せつけるかのように、ビシッと手のひらを前に突き出しポーズを決める。
「お前の球なんて、もう当たんないってことだぁ!! 全部まるっととばしてやるからなぁ!!」
「あんたじゃねーだろ」
「なんでそんな大きな声で言うの……?」
まるで、テレビで観るヒーロー物の主人公のよう。
あまりに自信満々に宣言するレオナルドに、ナエカは顔を真っ赤にしてしまった。
「ピャアアアアアア!!」
挑発に苛立ったらしい見えざる者は、大きく頭をぐるんぐるんと揺らす。ギチギチと歯を鳴らし音を立てる。
二度も邪魔をされ、相当苛立っているようだ。この隙に、一気に叩き込めば。
ショウリュウは、パッとアイリの方を振り返る。
「アイリ、呪文唱えとけ」
「う、うん!!」
ショウリュウは、ポーズを構えるレオナルドの隣に近づいた。
「お」
「火の玉を気にしなくていいなら、一気にいける」
「よっしゃあ!!」
ショウリュウが札を取り出し、レオナルドがグローブを構える。
「バルナ!!」
「光弾玉!!!」
ドゴオオオオオン!!
二人で容赦なく術を叩き込む。
見えざる者は焦ったように、後ろに退がりながら交わそうとする。
ナエカを警戒してか、火の玉を出そうとしない。
「シキの分だああ!!」
「ピャアアアアアア!!」
二人の術で、集中的に足元を狙う。反撃する隙なんて、与えるものか。
「図体のデカイ奴は、大抵足が弱いもんだ」
「おらおらおらぁ!!」
絶え間ない攻撃に、見えざる者はどんどん後ろに追いやられる。
たどり着いた先は、建物の隙間の暗がり。
「……!!」
アイリ達の予想通りだった。
見えざる者は、ゆっくりと影の上に立つ。
……やる!!
私がやるんだ。大丈夫だ、もう出来る!!
「おまじない、おまじない!!」
ナエカは走りながら、反響する程の大きな声で叫ぶ。
届け!!
ここにある、影全て!!
「おまじない!!」
アイリ達は、固唾を飲んで見えざる者が立つ場所の影を見守る。
「……動かない!!」