第13話 名前
──激震。
時が止まったように、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
ナエカも、レオナルドも、ジェイ、カリンも。皆が真底驚き、アイリを茫然と見据える。
「クレエールやて?……冗談やろ??」
「しかも本家の子って」
「マ、マ、マジ……?」
「うっそん……」
アイリ・ジェイド・クレエール。クレエール、その名は。
「最強の家系って言われてる、あのクレエール?」
「呪いの……?」
「最強の呪いの力を持つっていう、あのクレエールだよな!?」
「もう団員は出さないんじゃなかったのぉ?」
皆の動揺が止まらない。皆の視線がグサグサと突き刺さり、狼狽した。
心臓が激しく揺れる。自分が、いやクレエールがそこまで驚かれる存在だなんて。
一体クレエールが、何をしたのか。自分は何も知らない。何も聞いていない。
その場の人間で把握していたのは、ハーショウだけなのだろう。ハーショウはピクリとも表情を変える事なく、アイリの横にスッと進み出た。
「クレエールの今の当主である、リジュの里の長老のひ孫さんだよ。クレエールの次期当主さ」
「はぁ!??」
ハーショウがそれを告げた時の驚きは、先程の比ではなかった。皆が雷にでも打たれたように、目を大きく見開く。
ピン、とその場に貫く冷たい空気。
糸を張った空気はとても繊細だ。その場にいた誰も、一言も言葉を口にしない。聞こえてくるのは、時計の針の音だけ。
クレエールとは何なのだろう、自分は一体どんな存在なのだろう。クレエールの能力は、広く知られているらしい。クレエールとは、そこまで敬遠される名前なのか。
「次期当主……」
驚きで皆が言葉を発しない中、ジェイが大きく息を吐き出し壁にもたれかかった。
「次期当主いうことは、本家の直系の末裔。で、多分長子」
そのままズルズルと、その場にしゃがみこむ。
「これ、団長にどない言うたらええんや……」
皆が一応に驚いてはいるが、明らかに一番動揺しているのはジェイだった。カリンがオロオロしながら、ジェイに駆け寄る。
「本家の子が来てくれるなんて、すごいよぉ! クレエールの家の人が、アイリちゃんを団に入るのを許してくれたってことだよ……ね?」
雰囲気を変える為か、おずおずとそう切り出すカリン。視線はアイリに向いていたのだが、アイリが答える前に、マルガレータが首を横に振る。
「いや、恐らく違うだろうさ。あの長老の指示なんじゃないのかい?」
そばにいたハーショウが、隣のアイリを見下ろしてふふ、と不気味な笑みを浮かべる。
「──ご名答。クレエールの長老から、直々に連絡が来たんですよ。この子をなんとか剣の団に入れてくれないか、とね」
「クレエールの長老がわざわざ?」
「当主さんが、何でそんなことを」
別の意味で、皆の顔色が変わる。あのクレエールが自主的に本家の人間を、それも次期当主を送り込んでくるなんて。
団からは長く離れていた筈の、クレエールが。
仮に次期当主に何かあれば、血にも家にも影響があるだろうに。
ジェイは少し冷静さを取り戻したらしい。焦りが消え、顔つきがスッと鋭くなった。
「……せやな、わざわざ次期当主を送り込んでくるくらいの何かがあった、いうことやんな」
そう呟くと、強い視線を静かにアイリに向けてきた。何かを待つような、冷静だが鋭く強い視線。
「……」
──あ、これはきっと聞かれているんだ。
そう判断したアイリは、キュッと唇を結び直す。皆もそれを察してか、自然にアイリに視線を向けた。
もう一度、時が止まる。
「クレエールの長老様が──」
カチャ。
アイリが意を決して告げようとした時、オーナー室の扉がゆっくりと開かれ、誰かが部屋に入って来た。
皆がその音に気付き、扉の方を振り向く。
真っ先に目に入ってきたのは、爽やかな紺の色をしたスーツの裾。
「あ」
アイリは扉を開けて入って来た彼の姿に、驚いて目を見開いた。
団の制服姿で現れたその青年は、マコの木の並木道で出会った、あの青年だった。
age 1 is over.
次回予告!
「未来を変えなさいと、そう仰いました」
「団の役割は見えざる者を倒す、ただそれだけ」
「じゃあ、これから見られるのね」
「ずっと見ていましたから、あなた方を」
「あの子はね、あれだけの観衆を相手にずっと耐えてきたのよ。たった一人で」
次回、age 2!
呪われた子!
「アイリ、行きます!!!」
お楽しみに!