第138話 二回目
【ミツナ通り】
【仕立て屋 バハナ】
「さぁ、採寸しますからね〜!」
「やだー!!」
「ほら、大丈夫よ。おばちゃんの言うこと聞いて」
「やだー!!」
ベレー帽を被った小さな女の子は、鼻を鳴らしてぴすぴすと泣きだす。そんな子供を、母親が笑顔で宥めていた。
周りの客達は、どこか微笑ましそうにその光景を見守る。
通りの中でも一番大きなこの仕立て屋は、普段はもっと多くの人で賑わうのだが、今日は少々客足が少ない。
「広場でしょう?」
「そうそう、今日のは大きいらしいね」
朝に広場で起きた、見えざる者の騒ぎのせいだ。周囲からひそひそと聞こえてくる会話の内容に、その母親は不安そうな面持ちを見せる。
怪物が蔓延る、物騒な街だ。いつ命が脅かされてもおかしくない。
「怖いわね……」
「ママー!!」
採寸を終えた子供が、ぴょこぴょこと母親に近寄ってきた。まだ少し、足がおぼつかない。
やだ、とあれほど泣いていたのに、すっかりご機嫌だ。きっと、店のおばさん達が上手くおだててくれたのだろう。
「あら、終わったの?」
「おわった、もうかえる!」
「ハイハイ、買い物して帰ろうか」
今日の晩ご飯は魚かな。
女性はポンポンと娘の背中を軽く叩き、店を出ようと促した、その時。
店を出た女性と子供と入れ違うように、一人の男性が足早に店に入っていく。
バアン!!
開けようとした扉が激しく開かれ、大柄の男性が焦った様子で仕立て屋に駆け込んだ。
怯えた魚のような顔をした男。乱暴に開かれた扉の音に、女性も子供も驚いて立ち止まり、男を振り返る。
「逃げろ!! 見えざる者が出たぞ、すぐ先だ!!」
「きゃああ!!」
「ぎゃああああ!!」
いつもより人が少なく、静かだった筈の店。一転して大騒ぎになり、悲鳴混じりの叫び声が行き交う。
「早く店の奥に隠れるんだ!!」
「ほら、早く!!」
女性は慌てて娘の手を引き、屋根の下に戻ろうとしたが。
バタン!!
ガコン!!
間に合わず、無常にも扉は閉じられた。それだけでなく、中からかんぬきもかけられてしまったらしい。外に閉め出されてしまった。
──仕方ない、命の瀬戸際だ。女性はおどおどしながらも、ギュッと娘の手を掴む。
ここにいてはいけない。
「逃げようね」
「……ん」
すっかり固まってしまった娘をなんとか引っ張り、通りに抜けだす。
通りは男性が言った通りだったらしく、こちらも悲鳴で溢れていた。
「いやああああ!!」
「わああああ!!」
見えざる者がどこにいるのか分からない。とにかく、人の流れに合わせて逃げよう。逃げなければ。
とりあえず思うがままに走りだすが、娘の足に合わせるとどうしても遅くなる。
「あーん! あーん!」
娘は恐怖に駆られたのだろう、ついに泣き出してしまった。
足もすっかり止まってしまう。凄い力で引き留められたかと思うと、娘はその場にしゃがみ込んだ。
「ディタ、逃げないと!」
「びえええ!」
泣きやまない娘をなんとか宥め、急いで立ち上がらせようとする。
その背後。
「……!!」
女性も娘も、敏感に気配を感じ取った。
大きな影が、二人の後ろでグワッと立ち上がる。明らかに人の影ではない、巨大な影。
見えない筈の、その輪郭。
──そんな、もう少し先に出たって聞いたのに!!
「ピャアアアアアア!!!」
恐怖を顔に貼り付けたまま振り返ると、そこには不自然な皮膚をした太った化け物。
首だけで、こちらを見下ろす。
「あ……」
「ピャアアアアアア!!」
女性に、いや娘に向かってゆっくりと細い腕を伸ばしてくる。
「きゃあああ!!」
女性は必死に娘を抱きしめ、身体ごと覆いかぶさった。決意ごと、ギュッと強く目をつぶる。
──この子には手は出させない!!
見えざる者の指先が女性に届くかという、その刹那。
「光弾玉!!!」
遥か上空から聞こえてきた誰かの叫び声に、女性はハッと目を見開く。見えざる者も。
ドゴオオオオオン!!
建物から飛び降りたレオナルドが繰り出した、実体の無い拳。見えざる者の額を、勢いよく殴り飛ばす。
「ピャ……」
「うぉりゃああ!!」
飛び降りついでに、見えざる者に身体ごと乗っかる。
「ピャアアアアアア!!」
重たい体だが、鈍く地面に倒れ込んだ。
「見たかあ!!」
一発かましたレオナルドの後ろから、アイリ、ナエカ、ショウリュウが姿を現した。
「中央通りかと思ったんだがな」
「レオの勘ってスゴイ」
それでも建物も賑やかな通りだ、影はそこら中にある。
見えざる者はゆっくり体を起こすと、不機嫌そうにブルブルと体を震わす。何やら液体が飛び散り、近くの壁に模様をつけた。
そして、ゆっくりと彼等の方に向き直る。
アイリ達も、キッと見えざる者を見据え、構えた。
「シキの分もやるもん!」
──今度こそ倒す!!
「ピャアアアアアア!!」
「うっしゃあ、仕事じゃあ!!!」