第137話 価値
【パレス 裏】
【地下 四階】
ポンポンポン……。
「……」
「……」
軽やかにボールが地面を転がっていく。
そんなボールの行方を、目で追いかける。たったの数秒間、ナエカとレオナルドは、恐る恐る目を見合わせた。
「……また?」
「またじゃん」
しばらく見つめ合って沈黙していた二人は、糸が切れたように二人揃って吹き出す。
「あはは!!」
「アハハ!!」
「あはははは!!」
そして、バシバシとお互いの手の平をぶつけ合う。笑いが弾け、お互いに目がギュッと細くなった。
「やった、やったよぉ!」
「よっしゃああ!! あはは!!」
「ナエカ、レオ」
声に気付いた二人が振り返ると、そこにアイリ、ショウリュウ、シキがいた。
ベッドにいる筈のシキの姿に、二人共ギョッとさせられる。ぷかぷかと浮かぶ風。
「あれ? シキ、大丈夫なのかよ?」
「いやぁ、坊やにムリヤリ連れてこられちゃったんだよ」
わざとらしく泣き真似をするシキに、ナエカは苦笑する。どうりで、おかしな風に乗っているわけだ。
ちなみにアイリ以外の視界には映っていないが、花飾りの幽霊の少女も、今だに風の乗り物に乗っていた。シキの隣りで。
そんな風の乗り物の後ろで、曇った表情をしているショウリュウに、レオナルドは怪訝な顔を向ける。
「ショウリュウ、どうしたぁ?」
何やら躊躇う様子のショウリュウだったが、チラッとナエカに目を向けると、ようやく口を開く。
「奴の能力が分かった」
奴、というのは当然あの見えざる者のことだろう。ナエカとレオナルドはハッとなり、ショウリュウに駆け寄る。
「マジか!」
「……どんな能力?」
次に飛び出したショウリュウの言葉に、レオナルドもナエカも唖然と口をあんぐりさせた。
「影?」
「ああ。影に溶け込み、影から影に移動する能力」
「ちょ、ちょい待て」
あの広場の周りは教会を始め、背の高い建物に囲まれている。確かに影も多かった。
思い返せばあの時、あの太った見えざる者が立っていた場所は。そして、アイリがいた場所も。
「暗がりだったような」
「俺のあの時の術は、相手の足を絡めとって逃さないものだが」
真下にすっぽ抜けられると、流石に止められない。影から影に移動された可能性は大いにある。
「でも、さっき行った時あそこに影あったっけ?」
首を捻るアイリに、シキが答える。
「姫、影は動くんだよ。長さも変わる」
「もうすぐ、影が長くなる時間だぞ」
この考えが正しいなら、影が増えるとあの見えざる者が有利になる。
影から影に移動されると、あの火の玉の餌食になるのは間違いない。標的が定まらないだろう。
「どうすんだぁ?」
「影がダメなら、いーっぱい光当てちゃうとか? ほら、照明とか」
アイリのアイディアに、シキはキラッと怪しく目を光らせる。
「いいね、姫。そういうことなら、ノブレ家が手伝えるかもしれないよ」
「やめろ、何するつもりだ。ノブレ巻き込んでどーする」
提案が却下されて不貞腐れるシキを他所に、ナエカは考え込む。
「……影を、使えないようにしなきゃいけないの?」
影の動きを封じる方法が、まだあるのか。
「そういえば言ってたよね、ショウリュウ。ナエカの力が必要だって」
「え」
予想外のアイリの言葉に、ナエカは大きく目を見開いた。
──腑抜けって言われたのに。
ショウリュウは気まずそうに目を逸らすと、目をグッと尖らせる。
「あんたの仕事は一つだ。おまじない──とやらを、連発すること」
「連発!?」
「どこに!?」
「当然、影に」
まさか、その場にある影全てにおまじないをかけろということか。
「そんな無茶な」
「それに、それでどうやって見えざる者を倒すの?」
ショウリュウは再び躊躇う素振りを見せたが、はぁ、とため息をつき口を開く。
「おまじないで、レオナルドの衝撃波を動かせるよな」
ナエカは戸惑ったまま、うん、と頷く。
日頃の特訓でもやっていることだ。パレスに侵入者が来た時も、成功させた。
ショウリュウはジロッと、再びナエカを見据える。
「衝撃波が動かせるなら、影は?」
「……!!」
影におまじないがかかり、奴の思い通りにならなくなったら。一同の顔色が変わる。
確証は無い。ただ、やる価値はある。
「やることするだけだ、仕事するぞ」
そう告げるショウリュウに、ナエカは恐る恐るだが顔をゆっくり上げた。
「……うん!!」