第136話 跡
【テイクンシティー 中央通り】
「ねぇ、坊やってさ」
石畳の通りに、転がる車輪の音が響く。
通りすがりの通りの人々は、彼らのその姿に何事か、と目を丸くした。
「人使い荒いって言われない?」
「うるせーよ。流石に走らせるのはどうかと思って、風で運んでるんだろーが」
「なんか、ものすごく目立っちゃってるよ」
アイリとショウリュウがブーツを走らせる中、シキは雲のような形になった風の上に乗っていた。
宙にぷかぷかと浮いたまま、かたまりの風は優雅に進む。
先程までベッドで寝ていたはずが、ショウリュウに無理やり連れてこられたのだ。肌に当たる風に、シキはブツブツと呟く。
「ほんと、乱暴だなぁ」
その内諦めたのか、寝転んで優雅に伸びを始めた。バカンスにでも来ているようだ。
視線を横切る、寝転んだままの貴族の青年。
寝転んだままどうやって浮かんでいるのか、と周りの観客達のギョッとした顔が並ぶ。
「広場に行くんだよね?」
「ああ、確かめたいことがある」
正直、アイリはナエカの方が心配だった。だがベッドから引きずり出されたシキの姿に、慌ててついて行ったのだ。
ショウリュウは何事もまず現場からだ、という。
「シキ、その風どう?」
「乗り心地かい? なかなかいいね」
軽く返すシキに、へぇ、と返し何となく振り返ると。
「え!?」
「なんだよいきなり、変な声出すな」
「い、いや、あの」
寝転ぶシキの隣に、ちゃっかり花飾りの幽霊の少女が座っていた。気持ちよさそうに、キラキラした目で街を見渡す。
アイリはそっと近付くと、小声で少女に話しかけた。
「何してるの?」
「……!!」
少女は驚いて少し目を見開いたが、すぐにアイリに笑顔を向けた。ピョンピョンと風の上を飛び跳ねて、嬉しそうに笑う。
どうやら、風で遊んでいるらしい。
「そ、そっか」
まさか、幽霊も風のかたまりに乗れるとは思わなかった。
「ほら、着いたぞ」
広場に到着すると、ショウリュウの目つきがスッと変わった。
まさに、あの見えざる者が現れた場所。
「アイリ、あんたはあの時どこにいた?」
「あの時?」
聞き返すと、ショウリュウは僅かに悔しそうに唇を噛む。
「あの見えざる者が、俺の術をくぐり抜けて移動した時だ」
「……!!」
あの見えざる者の能力を突き止めるつもりか。アイリは思い返そうと、頭のギアを動かす。
「私は確か」
赤ん坊を助けようと、術をかけられた見えざる者の近くにいた。
「あの辺りかな」
「どうだ?」
「……坊やはやっぱり乱暴だよ」
シキはアイリが指し示した場所でしゃがみ込むと、スッと地面を撫でる。匂いを嗅ぎ分けるのだ。
「うん、姫の言う通りだね」
「レオがあそこで、ナエカがその奥。ショウリュウがその辺だったかな?」
サクサクと指差すアイリに、シキはポカンとした。
「姫、よく覚えてるね」
「アイリの目の前にいた見えざる者は、突然真後ろに移動した」
「瞬間移動、ってことかい?」
「いや、瞬間移動能力では俺の術は破れない」
だがあの見えざる者は、イカサーバルを確かに破った。
「見えざる者が消えた場所、術が使われた形跡は?」
「シキ、分かるの?」
「探偵みたいだよね」
「タンテイ?」
シキはフッと笑うと、再び地面にしゃがむ。
「……あるね」
「術は一回か?」
「そうだね」
時間は経っているが、幸い形跡はまだそこにあったようだ。ショウリュウは、忙しく頭を働かせる。
「一回。つまり俺の術を打ち破ってから、瞬間的に移動したんじゃない。一度で術を破り、尚且つ移動した」
「そんなこと出来るの?」
「……」
地面に術がここまで残るなら、地面の下を通ったのか。そして、アイリがいた場所に一瞬で現れた。
「でも、そんな能力……」
「あっついなぁ」
「なんだよ!!」
突然暑そうに手をパタパタさせるアイリに、ショウリュウは憤慨した。
「今こっちは考え事してるだろーが!! いきなりなんだ、暑いって」
「そういえば、さっきより妙に暑いね。太陽があんなに高いよ」
「当たり前だろ! 今は地面が一番温かくなる時刻だろーが、大体ここはな」
そこまで口に出し、ショウリュウはハッとなった。
「……!!」
パッと周りの建物を見渡す。そして落ち着かない様子で、広場の中をあちこち歩き回る。
「どうしたの?」
「……分かったかもしれないぞ、あいつの能力」
ショウリュウの言葉に、アイリとシキも目を見開く。
「ホント!?」
「ああ。過去に、そういう能力を持った見えざる者の記録を見たことがある」
あの見えざる者がそうだという確証は無いが、可能性は高い。
「へぇ」
「流石ショウリュウ!」
これで、今度こそあの見えざる者を倒せる。
だが能力を突き止めたというのに、ショウリュウの表情はどこか浮かない。
大きくため息をつく。
「どうしたの?」
「……どうやら、あの腑抜けのナエカの力がいるみたいだな」