第134話 包帯
【パレス 医務室】
「よおやったやん、シキ」
ベッドに横たわるシキを、皆が囲んでいた。
早速ジェイに褒められたシキだったが、その顔は少し浮かない。傷が痛むだけではないだろう。
「……あの赤ん坊は?」
「無事にお母様に返したわ、特に怪我も無いみたい。お母様が泣いて感謝してらしたわよ」
エリーナの報告に、ホッとした雰囲気がその場を包む。
幸い、シキの傷の治りは早いという。出血も収まり、包帯も白く綺麗なまま。これも血の力なのか、驚異的な早さだ。
念の為なのか、グルグルと包帯を巻かれたままではあったけれども。
「もう血も出てないんだよなぁ、すげーじゃん」
「うーん、結構血を出しちゃったから、当分変身出来ないかもだけど」
血に混じる始祖達の力を操るエイドリアンにとって、出血は一大事なのだ。それぞれが固有の血を持つ故、下手に輸血など出来ない。
シキカイトに変身出来ない、と残念がるシキに、アイリは少しイタズラっ子のように笑う。
「美しくないから好きじゃないって言ってたのに」
「ひー。姫にイジワルされるなんて、この僕は哀れだな。毛布がこーんなにあったかいよ」
シクシクと泣くふりをするシキに、ショウリュウは元気じゃねーか、と呆れてため息をつく。
アイリもそんなシキの様子に、ホッと胸を撫で下ろした。
そこに、オーナーのマルガレータが、心配そうな顔で医務室に入って来た。後ろにドナも引き連れている。
深刻な表情のオーナーの姿に、座っていた皆が立ち上がった。顔も自然と引き締まる。
「シキ、具合はどうなんだい?」
「元気っす! オーナー」
「いやいや、なんでルーイが言うんだい? レオ君」
思わずそう口にして、シキはハッとなる。さりげなく皆の方を見渡すが、やはりいない。
──おかしいな、いつものやりとりなのに。
いつもならあの子が口を出すのに。
「なかなか、強い見えざる者だったようさね」
消えてしまった、あの見えざる者の姿を思い出す。ショウリュウの術が効かず、能力すら掴めなかった。
「難儀なことだよ。まさか初日の巡回で、見えざる者に遭遇するなんて、悪い偶然さね」
「運が良かったんだろ」
ズバッと切り込んだショウリュウに、皆が目を見開く。アイリはぐっと拳を握った。
──ショウリュウの言う通りだ。自分達が遭遇していなければ、あの赤ん坊は。
いや、私達じゃない。私達は何も出来なかったんだ、シキがいなかったら。
シキに巻かれた包帯を見つめながら、とんでもないことになるところだったと自覚する。しかも、悪いことには。
「逃しちゃったんだよね、あの見えざる者」
「どうせ、また街に出てくるだろ」
その時は、絶対。
「うん!!」
「やるぜぇ!!」
動けないシキの為にも。
気合いが入る後輩達に、エリーナ達は目を見合わせる。
シキの為に私達も動こうと思ったのだけど、やる気に水を刺すのでは。どうしたものか。
「あの、ルーイ達。それはいいんだけどさ」
突然口を開いたシキに、皆が疑問符を浮かべ振り返る。
「ナエちゃんはどうしたのかな、いないみたいだけど」
ナエカ以外は全員揃っているのに。
シキの言葉に、皆が表情を曇らせた。ショウリュウを除いて。
「ナエカちゃん、さっきからいないの……」
しょぼんとしながら告げたカリンの言葉に、シキは驚く。
「どうして」
誰も答えようとしない中、アイリが思い切って口を開く。
「おまじない」
「え?」
「おまじないが効かなかったから、シキが怪我したって」
アイリの前でそう口にしたかと思うと、いつのまにかいなくなっていたのだ。
あの時、届かなかったおまじない。
「責任、感じてもうたかな」
「くだらない」
皆が心配そうな表情を浮かべる中、ショウリュウは一人剣呑な表情をしていた。
「やるかやらないか、それだけだ。やるをしてないのに腑抜けて悔やんだって、おせーんだよ」